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お米の味も様々でブランド品もピンからキリまで [ファーマー雑記]

 うちには田んぼが3枚あるが米作をしていない。1枚は万年休耕田であり、2枚はそれぞれ隣の田んぼの方に無償栽培管理をお願いしている。
 よって、米は買うしかない。今までは女房がスーパーで買っていた。でも、最近は管理をお願いした方から1袋いただけ、店のお客さん(専業農家)から2袋購入するようになった。他にいただきものが毎年1、2あって、これで1年分がまかなえ、スーパーで買うことがなくなった。
 すると、米の味にけっこうな差があることが分かってきた。
 一番感じたのは、スーパーで買ったものは新米と表記されたものであってもたいして新米らしくないのだが、地元の方からいただいたり買ったりしたものはちゃんと新米の味がするのである。
 ということは、スーパーは偽りの表記をしているかといえば、そうではない。ちゃんと新米を精米して販売しているのであり、それが特定のブランドであれば、当地であれば「ハツシモ」であるが、「ハツシモの新米」であることは間違いない。
 それがどうしてこんなにも味に差が出るのか。
 今年、その原因が分かった。
 先ずは今年地元の方からいただいたり買ったりした「ハツシモ」。いただいたものは新米であっても昨年に比べイマイチの味であった。原因は、稲刈りされた日にちを知っているが、もう刈るの?というほどにあまりにも早すぎたことだ。専業農家さんから買ったものは、昨年とてもおいしかったし今年もとてもおいしいが、これはきちんと栽培管理され肥料過剰にならないように注意されてもいるし、稲刈りの時期も適切で、自家で籾摺りし、ゆっくりと乾燥されているからであろう。
 農協職員からの情報では、おいしい米を作っている農家は自家で籾摺り乾燥し、自主流通させているとのこと。いいかげんに米を作ってる兼業農家は農協の大型籾摺り乾燥機へ持ち込み、持ち込んだ籾に相当する量の玄米を後日手渡されるなり農協に売り渡すこととなって、手渡される米は誰が作った米か分からないものとなるとのこと。
 さて、今年、元農協職員の義理の従兄弟が嘆いていた。昨年までは稲刈り・脱穀した米をある方に籾摺り乾燥をお願いし、おいしい新米が食べられたが、その方が高齢でやめられたがため農協へ依頼するしかなかった。そしたら、新米がおいしくないものになってしまったとのこと。そして、その原因は米そのものにあるのではなく、農協の大型機械は強制乾燥の度が過ぎるから米の味が落ちるとのことであった。稲刈りシーズンは一度に大量に籾が持ち込まれるから、そうせざるを得ないのが実態とのこと。これじゃ、せっかくのブランド品「ハツシモ」がかわいそうだ。
 そこで、もうひとつ分かったことがある。娘には地元で入手したおいしい米を少しずつ精米して何かのついでに送ってやるのだが、あるとき各地のブランド米小袋の詰め合わせを贈答品としていただき、それを送ったのだが、娘曰く「どれもまずかったわよ」であり、なるほど各地の農協で強制乾燥した米だからなんだ、と悟った次第である。
 さて、今、地元の専業農家の方から買った米を食べ始めたのであるが、昨年同様にうまい。でも、その農家の方がおっしゃるには、今年の米は出来すぎて昨年よりちょっと味が落ちているとのこと。小生や女房には分からないが専門家となると微妙な変化まで分かるらしい。
 ところで、当店のすぐ近くで毎年見かけるのであるが、稲刈り後、今時珍しく昔どおりに稲をハサに掛けて自然乾燥されておられる専業農家の方がおられる。この米はきっと飛び切りうまいだろうなあ、と感じた。義理の従兄弟も、そりゃあうまいに決まっとる、と言っていた。
 飛び切りうまいと言えば、2年前に行ってきた昼神温泉の宿の米。仲居さんが自信をもって紹介してくれたが、地元の特約農家の米である。こんなに飛び切りうまい米は、随分前に妹が送ってくれた現地調達の魚沼産コシヒカリ以上であった。この米のおいしさに惹かれて昨年も同じ宿にいったのだが少々がっかりさせられた。だいぶ味が落ちていたからである。でも、うまいことはうまい。よって、今年も行ったのだが、さらに味が落ち、変哲もない味に落ちていたから、来年はもう行かないことにした。
 魚沼産コシヒカリのほうはその後も妹が送ってくれたが、町村合併であらぬ所まで魚沼になり、また、農協の大型機械による強制乾燥のせいかもしれないが、味ががたんと落ちて、今はもう送ってもらっていない。
 これ以外にも、おいしいと評判の米をいただいたりするが、評判のほどではないものが大半である。
 いろいろと見聞きすると、ほんとにおいしい米は、その土地土地に最も適した品種を選び、栽培途中の水管理を適正に行い、有機肥料で栽培し、そして収穫量を抑え気味にする、といった栽培方法を取り、稲刈り後はハサ掛けにして自然乾燥せねばならないようである。そして、籾のまま保管し、必要の都度、脱穀・精米すれば、いつまでも新米の味が楽しめるようである。
 手を加えれば加えるほど、おいしさが増す米である。こうした米を日本人皆が食べられるようになれば、米の需要もグーンと増し、日本の農業も大発展するのではなかろうか。
 総じて経済的に豊かな日本人である。おいしいものであれば多少高くても買って食べるであろう。
 資本主義経済の本質は、付加価値を付けて価格をアップさせ、経済規模を膨らませることにあるのであって、これによって初めて経済が上昇気流に乗り、景気が良くなるのである。低価格競争に邁進するとなれば、それは下降気流に乗ることになるのであって、最後の最後は価格ゼロとなって地面に激突し総破産するしかないのである。
 これは資本主義経済のイロハだと思うのだが、いかなる業界にあっても、皆さん手抜きして楽をし、低価格で目先の売上だけを目指すという、プロ意識欠如の輩ばかりのようである。これではいつまで経っても景気はよくならない。
 こうしたことからも、飛び切りおいしい米を毎日食って景気をよくしたいものだが、そうした職人技の米は供給量が少ない上に需要が高く、全て行き先が固定化されており、新規の消費者の手に渡ることがない。悔しいかなハサ掛けされた稲を指を加えて見ているしかない。
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