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11.30 里芋の種芋保存 [里芋]

 里芋の種芋保存は、様々な方法を試してきたが、晩秋に収穫したものの中で、良品の小芋を籾殻保管するのが一番簡単なので、2015年産のものからそうすることにした。しかし、2015年産を倉庫で保管しておいたら真冬の冷え込みで半分近くが凍みてしまったので、2016年産からは母屋で保管することにする。
 亡きおふくろの話では、その昔は別棟の敷地の法面に小芋の塊を埋めて雨除けをしておいたという。なお、2012年に、おふくろは晩生里芋の種芋をそうしたところ、うまくいったものの、ここは柿の木の根が張ってきているので、この方法は採用しないことにした。

<2016年産種芋の保管法>
(12月5日)
 11月26日に里芋堀を行い、形の良い小芋を60個選び出し、曇天気味であったが2日間、日に干し、その後、1週間ほどして、ダンボール箱に籾殻を入れて保管。
 こうした保管法は倉庫で近年に3、4回やり、いずれも凍みることはなかったが、昨年だけは半分が凍みてしまって種芋不足となった。
 そこで、今期は冷え込みの少ない母屋で保管する。

<2015年産種芋の保管法>
 11月に全部を収穫し、良さそうな小芋を籾殻保管にすることに。
 小芋はバラバラにせず、塊のまま保管しようと考えたが、親芋から切り離すときに種芋に適する小芋の大半がバラバラになり、目論見は外れた。
 よって、種芋はバラバラにしたものを籾殻保管にすることにした。
 1日干して、形の良い60個ほどの種芋の千切り跡に草木灰を塗り、ダンボール箱に籾殻を入れて、倉庫で保存。
 4月になって、見てみると、真冬の冷え込みで半分近くが凍みてしまった。使えそうなのは約30個であったが、7、8個は腐って芽吹かなかった。

<2014年産種芋の保管法>
 2014年産は大豊作であった。栽培してできた晩生里芋のうち良品の4株を畑の一角で土を盛って保存。
 昨年と同様に教科書どおりに保存しておいた。ただし、昨年は藁を乗せてからビニールシート掛けしたが、今年は藁乗せを省略したら、昨年は小芋の腐りがほとんどなかったが、今年は1割強が腐り、まだ同程度の量が少々凍みてしまっていた。

<2013年産種芋の保管法>
 今年初めてのやり方だが、大きな株を来年作付け用の種芋取りにするため、教科書どおりに土に埋め込み、藁をたっぷり乗せてから、ビニールシート掛けして畑で保存しておいた。
 保存したのは、初栽培の石川早生2株、従前から栽培の早生2株、晩生4株である。それを翌年3月16日に掘り起こし、型のいい小芋を種芋とすべく選別した。
 保存がしっかりしていたのか、小芋には腐りはほとんどなかったが、石川早生の親芋だけは2つとも腐っていた。
 得られた種芋は、従前から栽培している早生芋10数個、晩生芋45個、昨年初めて栽培した石川早生30個ほどであった。

<2012年産種芋の保管法>
 早生芋20個は、11月に収穫したときにモミガラを入れて保存しておいたのだが、5個は小さくて干からびた状態にあり、捨てることにした。
 晩生芋は、11月に収穫した後、おふくろが良さそうなものを土に埋め込んでおいたものの中から、2月に60個選別し、その後、ダンボール箱にモミガラを入れて保管しておいた。でも、3月末に取り出したら、5個ほどは腐りが来ていたから捨てた。

<2011年産の種芋保存法>
 11月の収穫時に形の良い小芋を籾殻の中に入れてダンボール箱保管していた。凍みるものはなかったが、乾きすぎて芽吹きが遅れるという難点がありそうだ。

<2010年産までの種芋保存法>
 11月下旬に、残しておいた2畝(2品種)の地上部を鎌で切り取り、土寄せ。稲藁を敷いて、その上にビニールシートを掛ける。最後に、風で飛ばないように土を適当に乗せる。
 これで、冬季の凍みを防止するのだが、親芋は凍みてだめになることがあるものの、小芋はほぼ大丈夫。そして、3月下旬に掘り出して、その中から形が良く大きな小芋を選んで種にする。
 でも、この方法はけっこう面倒であり、2010年産でもって止めた。
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2013年にビワの苗木を購入し、栽培を始める [ビワ]

 2013年5月に「ビワ(枇杷)」の苗木を柿の木を伐採した近くに定植し、育ててきた。
 ところが、幹に虫食いがけっこうあり、2015年1月に2本に分かれた主幹が虫食いで折れてしまい、細い枝が主幹となって、一から出直しとなった。
 2016年初夏に実が1房(数個)生ったが鳥に多くを食べられてしまった。同年秋に幾箇所かに花が咲き、来年にはけっこう収穫できよう。
 12月(一説に4月)に摘果し、一房に実を三つ程度(葉っぱ30枚につき一個の果実をつける)とのことであるが、どうしたものか。
 なお、施肥は、11月~12月に寒肥するがよいとのことである。そして、2、3月と収穫後に化成肥料を撒くとよいとのこと。

(下の写真は2016年11月21日撮影)
DSCN0481.JPG

<2017年>
 (1月16日)
 神社において初詣イベントと左儀長の焚き火でできた灰・炭を回収し、砂利が混ざっているものをビワの周りにばら撒いておいた。

<2016年>
(2月7日)
 一年経って、まずまず生長しだした。新しい主幹が斜めに成長しているから、支えをし、どれだけか真っ直ぐにした。
 湿った草木灰がいっぱい出来ていたから、大量に撒いておいた。
(4月24日)
 南区画の樹木畑を開墾し、果樹畑との境界を確認したところ、果樹畑が随分と樹木畑に越境していることが判明した。柿の木は大したはみ出しではなかったが、東端のビワはぎりぎりの位置にあり、少々根切りせねばならないほどであった。
 どちらの土地も借地(別々の人)であるから、ここはきれいに分割しておかねばならぬ。よって、やむなく正規の境界に区分けし直した。
 ビワの木の直ぐ東側は、溝立てしてあったが、昨年に垣根を壊したから、その部分の土をビワの木に寄せれば根張りが十分進むであろう。本日、少々溝の位置を変え、土寄せしておいた。
 この作業をしているとき、ビワの実が数個生っているのを発見。3年で生るようだったが、昨年、主幹が虫食いで折れてしまったので、2年は遅れると思っていたのだが、ちゃんと3年で生ってくれた。熟すのが楽しみだ。
(4月26日)
 ここは果樹園としたので、本日、クローバを種蒔きし、ビワの株周りに鶏糞を撒いておいた。
(6月5日)
 ビワが色んでいる! 5個生った。
 ただし、より熟した実2個は鳥に突かれている。
 それを千切って見てみると、肉厚であり、これはいい!
 食べてみると、まだ完熟ではなく、酸っぱさが少しあるが、十分にビワの味がする。よし、よし。 
(9月4日)
 7月8月に下草刈。昨日、米糠が1袋100円強で手に入ったので、今日、幹周りにたっぷり振っておいた。
(10月21日)
 果樹園の草刈をし、ビワの周りに雑草を敷き詰めておいた。
 花は既に散ってしまっているが、3本ほどの枝先に咲いたようである。来夏が楽しみだ。
(11月20日)
 イチジクと同様にビワも枝に虫食いが多い。そこで、イチジクに使った「塗布する殺菌剤 トップジンMペースト」を虫食い部分に塗布。一部は事前に「カミキリムシ幼虫退治に・園芸用キンチョールE」を噴霧してから塗布。
 なお、11月初めに米糠を撒く。
(12月5日)
 2年近く前に主幹が折れたことにより、全体に南に少し傾きかげんである。真っ直ぐに生長させようと、南側をつっかい棒で支え、少し起こしておいた。

<2015年>
(1月18日)
 虫害発生!2本に分かれた主幹が虫食いで折れてしまった。細い枝が主幹となって、一から出直し。生長が2、3年遅れとなろう。
(3月9日)
 他の果樹と同様に施肥。株周りに、草木灰、米ぬか、鶏糞をばら撒き、手鍬で軽く叩いておいた。

<2014年>
(2月17日)
 ほとんど生長していそうにない。
 これから先、少々心配だが、今年は勢いよく伸びてほしいものだ。
 そこで、今日施肥することにした。
 その前に、根元が少々傾いているから可能な限り真っ直ぐになるよう、起こして支えをしておいた。(しかし、おふくろによって、いつしか外されてしまった。)
 表面の土を10cm強ほど除けて、鶏糞をばら撒き、その上に柿の木の脇にある堆肥場から持ってきた堆肥を載せて終了。
 苗木は接木の1年生である。4、5年すると着果するようだが、この分ではもっと先になりそうだ。気長に待つしかなかろう。
(5月23日)
 1年経ってほんの少し生長。なお、おふくろが、まだらボケを起こしたのであろう、4月に葉を数枚切り取ってしまった。)
DSCN0280.JPG

<2013年>
(5月13日)
 本日、農協へ注文して入手した「ビワ(枇杷)」の苗木を定植。
 柿の木が多すぎるから、生りが悪い柿の木の小木を切り倒し、その近くに小生の好物であるビワを植えたところである。
 朝日は隣の寺の高木で遮られ、夕日は隣接する柿の木に遮られるという、少々条件が悪い場所であり、また、根が定着するのに日にちがかかろうから、そうやすやすとは伸びてくれないだろう。
( ビワの苗木を定植したときの写真)
DSCN0153.JPG


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今日の農作業&11月の農作業 [月別農作業記録]

<2016年>
11.05一人生え自然薯掘り
   イチゴ:苗場撤去
11.06オクラ・紫ナス:撤去
   イチゴ跡・休耕地:センチュウ対策(畑起こし)
   オクラ・紫ナス跡:センチュウ対策(畑起こし)
   エンドウ:種蒔き
   須賀前:両サイド畦整備
   タマネギ:畝の草削り
11.07果樹園:ラジノクローバー種蒔き
   サツマイモ:保存品の点検(腐り除去)
           発送品・進呈品の水洗い
   野焼き:夏剪定の枝、雑草、一部公園の枯草
   休耕田:草刈
   タマネギ:苗植え付け
   パンジー苗:プランターに植え付け
11.08ネギ苗場:草引き
11.10草木灰回収、散布
11.12大根第2弾:2回目の選り
11.13主庭:枯草除去
   南庭:開墾(ぶどう苗木周り)
11.16山芋:堀り
11.17ヤーコン:1株堀り(進呈用)
11.18垣根からぶどう園へ土運搬
11.20山芋:種用にするもの保管
   ぶどう:苗木植え付け
   ビワ:防虫剤塗布
   ジュリアン:苗をプランターに植え付け
   公園コスモス:撤去
   ピーマン:撤去
   晩生枝豆:種の収穫(過半 残り11.26)
11.21コスモス:畝と土手の草刈機による草刈
   休耕田の堆肥場:ほぼ全部を土手とその隣の畝の間に運搬
   ショウガ:収穫と保存
11.26里芋:掘り
   ヤーコン:掘り
11.27晩生枝豆:種を鞘から取り出し
11.28サツマイモ跡(自宅前):センチュウ対策(畑起こし)

<2015年>
11/01 グラジオラス畝:草引き、削り上げ
11/04 ネギ:両方の畑の土寄せ
11/05 公園コスモス:撤去
11/06 タマネギ:苗の植え付け
11/07 エンドウ:種蒔き
     山芋:掘り
11/08 安納芋:Sサイズ籾殻保管
11/11 山芋:一部の種芋を保管(13日、15日も)
     <早すぎで一部にカビ発生>
11/16 コスモス畝:鍬で草刈(2畝)
     切り株:除草剤原液塗布
11/21 里芋:残り全部掘り
11/22 ヤーコン芋掘り
11/23 タマネギ:草引き、籾殻被せ

<2014年>
11.02 エンドウ:畝整備、施肥、種蒔き
     コスモス:赤花の種取り
     柿の収穫:大阪へ送付
     里芋:3畝のうち2畝を収穫
11.06 柿の収穫:息子へ2回目の送付
11.08 コスモス:公園&休耕田ともに撤去
     コスモス:赤花の種取り
11.10 休耕田:草刈り
11.11 タマネギ:苗500本植え付け
11.12 里芋:残り1畝掘り
     里芋:種用5株を土盛保存
11.16 山芋:全部収穫
11.17 休耕田で野焼
11.30 ヤーコン2列掘り

<2013年の記録>
11/3 エンドウの種蒔き
    コスモス:休耕田側引き抜き
    庭:枯れ草など休耕田へ
11/6 ホウレンソウ第5弾の種蒔き
    タマネギ苗の植え付け
11/13 自宅前:ネギ両面の土寄せ
          里芋掘り
11/14 須賀前:ネギ西面の土寄せ
11/17 コスモス:休耕田2畝引き抜き
11/22 野焼き:須賀前&自宅前
     ネギ:土寄せ
11/24 里芋:保存用シート掛け
     山芋:掘り  
11/27 ヤーコン2列掘り

<2012年>
特記:月初めは葬儀3件と選挙で農作業出来ず
11.9 エンドウの種蒔き<遅すぎ>
    タマネギ300株植え付け
    柿を大宮へ送付
    コスモス(休耕田)引き抜きと雑草刈り取り(~10日)
11.10 里芋(早生)掘り
11.13 ネギの土寄せ(西側)
11.16 里芋掘り
     ヤーコン残り半畝掘り
11.22 コスモス畝の草の野焼き(あまり燃えず)
11.30 ヤーコン掘り    
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果樹園:西区画の現況 [果樹一般]

 自宅前の畑、西区角は果樹園にしている。約7m四方で面積は50㎡ほどである。ここに各種果樹とタラを植栽しており、配置図は次のとおり。
果樹園:西区画.jpeg

(2016年11月21日現在の姿)
DSCN0479.JPG

 うち、大きさがほとんど変化しないのは次のとおり。
 左から、タラ、みかん、オレンジ、柿である。
DSCN0480.JPG

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11.26 里芋の収穫 [里芋]

 2015年からは、栽培品種は毎年種(芋)取りして栽培を続けているごく普通の里芋だけである。旧来からの2品種と新品種1種から絞込みを行った。大粒で収量が多く、粘りがあって美味しいもの1種にし、栽培管理を楽にした。
 なお、2014年から作付けを減らし、自宅前の畑だけでの栽培とした。

<2016年>
 今年は種芋保存に失敗し、芽吹かせることができたのは必要数の6割程度しかなく、また、良品が少なかったこともあって成育が悪く、自家消費分程度しか収穫できそうにない状態であった。
(11月26日)
 まだ青々しており、芋は成長中だが、2畝とも掘ることにした。
 1畝空けての栽培で、草ボウボウである。鍬で里芋畝の法面を掘り、その土を空き畝に被せ、枯草を埋め込み、堆肥化させる。空き畝がこんもりと高畝になり、ここには夏野菜を植えるから、ちょうどいい。
 この要領で畝の両サイドを掘った後、ビッチュウで里芋を掘り起こす。予想していた以上にまあまあの出来であった。これなら自家消費分は十分に間に合う。
 親芋から子芋を切り離し、小芋も全部千切り分け、ヒゲ根も綺麗に取って籠に入れ、納屋の前に運ぶ。
 子芋を種芋、食用にする子芋、クズ芋に3分別。
 種芋は40個芽吹けばいいから、5割増しの60個、良品を何とか選び出す。後日、母屋で室内保管しよう。
 クズ芋は、明日、皮も擦り落とし、ゆでて食べることにする。けっこうな量がある。
 食用にする芋のうち、大きすぎて種芋に向かないものを選び出し、これを先ずは食することにした。残りは小さいものがほとんどで、昨年のように豊作ではなかったことが影響していよう。
 明後日、ムシロに並べて干すことにしよう。
 なお、親芋はまずまずの大きさのものが10数個確保でき、これは味噌田楽にして全部自家消費の予定。

<2015年>
 昨年と同様に自宅前の畑の一、二に条件の良い所であったからであろう、随分と成長がいい。また、雨にも恵まれたから高収穫が望まれる。
(10月26日)
 まだ青々としており、小芋の成長は進むことだろう。そこで、とりあえず10株を試し掘りした。
 親芋は豊作、不作にかかわらず同じ大きさだ。また、脇芽切りを小まめに行なったから、小芋が親芋まがいに成長することもなかった。
 クズ芋や小さな芋は思いのほか少なく、良品が大半だ。中にはどでかい小芋も2、3個あった。昨年ほどの高収穫ではなさそうだが、十分に豊作である。
(11月21日)
 なかなか寒くならず、まだ青々としているが、日程の都合で今朝残り全部を掘る。試し掘りの東のほうに比べ、日当たりが若干悪いので、その分収穫量が落ちた感がする。
 一般に、昨年より粒が大きい感がする。
(12月2日)
 ムシロに広げて干しておいたが、やっと今日ダンボール箱に収納。なお、種芋は別途早々に籾殻保管。

<2014年>
(10月23日)
 里芋は従前から早生芋と晩生芋の2種を、毎年、種にする子芋を保存して繰り返し栽培してきている。味に差はなく、そこで、昨年はもう1品種を栽培しようと「石川早生」を加えたが、小芋があまり大きくなく切り離しにくいという難点がある。そして、粘り気が少ないし、味もイマイチであるから、今年は休耕田(初めての栽培挑戦)で若干株を試験栽培するに止めた。
 なお、毎年栽培してきた早生芋は保存した種芋に少々腐りがあり、全く芽吹かず、これは廃盤とすることにした。これも小芋があまり大きくないから、なくてよいものだ。
 さて、今年の主要な作付け場所は自宅前の一番土壌の良い区画(北東)であり、生長がものすごくいい。初めて作付けする場所だし、残留肥料も多いからだろう。背丈は2mにもなっただろうか。
 生長するにつれ、脇芽がジャンジャン出るので、何かのついでのときにバッサバサとこまめに刈り取ってやり、“親芋の子分”が出来ないようにした。この作業をやると、里芋の葉っぱに乗っかっていた雫がシャツやズボンを濡らす。これが曲者で、時間が経ってから着衣の濡れた部分を黄変させ、いくら洗っても決して消えることはない。でも、かまわない。シャツもズボンも店頭に立っていた時の物で古くなったものを着用しており、予備は幾らでもあるからだ。
 軸太に育っているものが多いから、どでかい親芋が育っていそうだ。ついでに小芋も数多くできていると有り難いのだが。
 一方、休耕田の試験栽培は、晩生芋と石川早生であるが、コスモスを畝の法面に生やしたので負けてしまい、日照不足で初期の生育がとんと悪かった。その後、8月の台風でコスモスが倒れ、日照は良くなったが、全く成長が悪い。施肥は十分にしたつもりだが、土壌の条件が悪かったのだろうか。こちらはほとんど収穫が見込めないだろう。
 さて、収穫の時期だが、毎年10月半ばに試験掘りし、その後順次収穫し、11月中頃に全部を収穫している。
 なお、例年、種取り用に1畝をシート掛けし、3月まで残しておいたが、昨年から種取り用に必要な株だけ11月中旬収穫のものを残し、別の場所で土をかぶせてシート掛けして保存するようにした。
(11月2日)
 本日、3畝中2畝(26株)を収穫。やはり大豊作であった。親芋もどでかくなっているかと思ったが、例年並みの大きさであった。
(11月12日)
 残り1畝(12株)を収穫し、5株は畑で土盛し越年保存。(これは別記事で)
 あとは休耕田の当てにならない成長の悪い里芋10数株。→全くダメで無収穫に近い状態。

<2013年>
(10月12日)
 今年は真夏に雨がよく降り、枯れることなく元気に育っている。特に、自宅前の畑は湿り気が多く、丸1日陽が射す場所ではないので、かえって生長が著しい。
 さて、10月も中旬となった。試験栽培の「石川早生」はまだイキイキ元気だが、「早生」と銘打っているから、そろそろ掘っても良かろうと思い、今日、4株掘った。
 小芋がけっこう着いており、畑で大雑把に千切り分ける。これがなかなか思うように行かない。かなり力がいる。従前の里芋のように簡単にはいかない。
 収穫量は、従前の里芋が大豊作のときと同じような感じだ。なお、親芋は小さく、畑に捨てておいた。
 小芋の塊を家に持って帰り、バラバラにし、ムシロに干しておいた。なお、小さなクズ芋は、これはこれで塩茹でにして食べられるのだが、どれだけもないから捨ててしまった。
(10月23日追記)
 「石川早生」の残りを掘る。けっこうな収量である。
 なお、出来のいい2株は、ばらさずに固まりのまま越年させ、来年の種とする。
(10月31日追記)
 自宅前の畑の従前からの里芋3畝のうち1畝を掘る。柿の木の側で少々日照不足だが湿り気は十分あり、豊作であった。また、形の良い小芋ばかりであった。
 なお、出来のいい晩生3株と1株しかない早生は、ばらさずに固まりのまま越年させ、来年の種とする。その保存は今日行い、別記事で記録を残す。
(11月13日追記)
 自宅前の畑の残り2畝を掘る。先日掘った隣の畝は同様に豊作であり、形の良い小芋ばかりであった。
 しかし、西側の畑の1畝は同じ種でありながら、地上部の成長は素晴らしいものであったが、収穫量は落ち、かつ品質が悪かった。でかすぎる小芋であったり、3個繋がった小芋が小さすぎたり、親芋からの分離が不完全であったりする。
 原因は何だろう。日照はどちらも不完全で大差ない。土の湿り気も成長ぐあいからすれば十分ある。違うのは土質しかない。西の畑はあまり耕作せず、堆肥の入り方が少ないからか、酸アルカリの違いか、よく分からない。 
 

(参考までに過去の収穫状況を残しておく。)
2010年 近年にない夏の猛暑で凶作
2011年 例年の5割増の豊作
2012年
 10/27 須賀前:1畝 2010年並みの不作、小さな小芋が多い
11/10 自宅前:早生(6株)地上部は立派だが不作
 11/16 晩生(約40株)地上部は立派だし、まずまず豊作 
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11.21 公園から出た雑草などの処理 [奉仕活動]

 自宅の隣に公園があり、毎年3回ほど小生と自治会長そして助っ人若干名でもって草刈機で草刈する。そこで出た草は、公園と道路を挟んでうちの休耕田があり、その角に一輪車で運びこみ、積み上げておく。
 休耕田で野焼きするときに、燃えそうなものは燃やすのだが、湿っていたり半分堆肥化したものは野焼きできず、処理に困る。
 以前は、そうしたものを休耕田のコスモス畝に運び入れて肥料にしていたが、これはかなりの重労働になる。
 よって、2015年の分から積み上げたままにしておいた。
 そうしたところ、一部しか野焼きできていないから、けっこう盛り上がってきた。このまま放置し続けると山になってしまう。
 体がいうことを利くうちに何とか処理せねば。それが不可能となったら、皆にお願いしてゴミ袋に入れてゴミ出ししてもらうしかない。
(11月21日)
 先日、野焼きするときに、積んであった雑草のうち燃えそうなものを一緒に野焼きしたが、どれだけも減ってはいない。
 今日は、休耕田3畝そして土手のコスモスを草刈機で全部刈り取ったのだが、それが終ってから、積んであったもの、つまり堆肥場を、全部処理することにした。
 休耕田の土手にコスモスが咲き、来年の対応として、土手になるべく幅広く一人生えさせたく、土手と畝の間の溝を埋めるのに使うことにした。
 堆肥場の上のほうの半堆肥化しているものは土手の法面に撒き、ほとんど砂の状態のものは舗装境の低くなっている箇所に埋め、堆肥化したものを溝に埋めることにした。
 2年分が溜まっていたほぼ全部が堆肥場から片付いたが、その運搬の繰り返しで疲労困ぱい。
 来年、今の時期に同様なことをやるとすると、半分の量だから、何とかなろうが、いつまで続けられるやら。
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11.20 公園&休耕田のコスモスの片付けと来年の作付け方針 [コスモス]

 毎年おふくろが植栽し、花を楽しませてくれる公園フェンス西際(外側)のコスモス。おふくろいが高齢化し、だんだん小生がバトンタッチし、そのおふくろは2015年8月に他界したのであるが、2014年ごろから全部小生がやることになった。そこで、手抜きし、なるべく手を掛けないで一人生えで花が楽しめないかと目論んだが、やはりうまくいかなかった。まばらにしか育たず、だいぶみすぼらしい花の咲き方であった。
 花が終わりとなれば片付けねばならないこともあって、2014年でもって、ここへの植栽は止めることにした。
 次は、公園フェンス西際の内側である。ここは2000年頃におふくろが植栽し、それ以降、毎年一人生えしていたのだが、片付けが大変だから、順次幅を狭くし、2010年頃になしにした。ここをなしにしても、外側の植栽だけで十分に見ごたえがあった。
 3つ目は、公園フェンス北際の内側花壇である。ここは1995年頃に小生が種蒔きしたものがその後一人生えしており、片付けが面倒だから、2015年、2016年と除草剤を撒いて絶やそうとしたが、次から次へと芽吹き、一部疎らながら生育し、綺麗に花を付けてきた。これは、あきらめて一人生えさせ、花を付けさせるしかなかろう。面倒でも、花が終わったら片付けるしかない。
 4つ目は、公園と道路を挟んだ休耕田の土手のコスモスである。1995年頃に小生が種蒔きしたものがその後一人生えしており、特に手入れをしなくても密生して見事に花を付ける。道路側に倒れ掛かるものがけっこうあって、生育期から道路に近い部分の刈り取りや枝払いをして、通行に支障がないように管理している。花が終われば刈り取りだ。
 5つ目は、休耕田に畝立てした3畝のコスモスである。2005年頃にビッチュウでクネタ作りし、毎年大きくなった苗の植栽を続け、雑草を刈り取り、花を咲かせてきた。2010年頃から植栽を止めたところ、一人生えが雑草に負けてしまうことが多く、所々に大きな苗を植栽したり、大きな雑草の刈り取りを夏に3、4回はせねばならなかった。コスモスが雑草に勝ってくれ、草刈をせずに済んだのは2012年だけであった。部分植栽や雑草の刈り取りが体力的にきつくなってきたのが2015年であり、以前と同様に手入れしたが、コスモスが大きく負けてしまい、疎らにしか成育しなかった。2016年も同様となった。コスモスの花が終わった晩秋には刈り取りせねばならないが、コスモスが少ない分、作業は楽である。こうしたことから、2017年以降は休耕田でのコスモス栽培は中止することにしたところである。
 2010年頃から2014年まではコスモスが咲く頃は見事な眺めであり、500mほど西にある老人介護施設から車椅子に座った老人たちが介護士に連れられて花見に来ておられたのだが、そうであったからコスモス植栽や管理をやってきたものの、2016年に小生68歳となり、体力的に限界が来て、大幅にコスモス栽培を縮小せざるを得なくなった。特に肉体的にきついのがコスモスの片付けである。刈り取ったり引き抜いたりして運搬するとグッタリ疲れ、疲れが翌日以降に尾を引く。加えて、野焼きするのであるが、野焼きで当局に通報されもする。
 少しでも長くコスモス栽培を続けるため、公園のコスモスの処分作業を自治会長さんにお願いし、班長さん方に手伝ってもらおうかとも考えたが、公園のコスモス栽培は勝手におふくろと小生が始めたことであるから、そういう虫のいい頼みはできないだろう。ここは、小生一人でやれる範囲でやるしかなかろうというものだ。

<2016年度>
(11月20日)
 公園西側の花壇に咲いているコスモスが終りかけたので、根元から切り取り、休耕田へ運搬。比較的まばらにしか生えていなかったので、順調に作業終了。
(11月21日)
 休耕田3畝そして土手のコスモスも草刈機で全部刈り取る。たいして生えていないので、労力は案外いらなかった。
 さて、来年の対応として、土手になるべく幅広く一人生えさせたく、土手と畝の間の溝を埋めることにした。
 公園から出た雑草を積み上げて堆肥化したものがけっこうある。その堆肥場の上のほうの雑草は先日野焼きしたが、半堆肥化しているものは土手の法面に撒き、ほとんど砂泥の状態のものは舗装境の低くなっている箇所に埋め、堆肥化したものを溝に埋めたところである。
 2年分が溜まっていたほぼ全部が堆肥場から片付いたが、その運搬の繰り返しで疲労困ぱい。
 最後に、刈り取ったコスモスを埋めた溝の上に置き、種をこぼさせておいた。これで、来春に芽吹きやすくなろう。
(1月9日)
 昨日、庭木の剪定くずが焼却できたので、今日、枯れたコスモス&枯草を野焼き場に積み上げておいた。けっこう重労働だ。
 これにて、片付けは全部完了。
(3月13日)
 昨年同様、お隣さんから耕運機を借りて、畝の上面を耕運した。過去にこれによりコスモスの芽吹きがすごかったのだが、昨年はダメであった。今年は期待しよう。

<2015年度>
(10月25日)
 公園で出た雑草の枯草が休耕田に積まれ、若干堆肥化している。それをクサミで運び、コスモスの畝に入れ込むことにした。コスモスや雑草を両側に傾け、畝の中心部に順次ばら撒いていく。公園から出た雑草は砂がかなり混ざりこんでおり、けっこう重い。ばら撒くというより積んでいくといった形だ。40mほどの畝3畝に今年出た分を2時間ほど掛けて入れ込んだ。
 この上にコスモスの種が落ち、冬に耕運機でかき混ぜてやれば、来春には芽吹きやすいだろう。一昨年がそうであった。
(11月5日)
 公園のコスモスはまだ花を付けているが、ほぼ枯れたものもあり、みっともないから全部除去することにした。なお、今年生えなかった箇所に他の箇所で引き抜いたコスモスを叩いて種を落としておいた。
(11月16日)
 休耕田の北2畝の草刈とコスモスの除去。鎌での作業で立ったりしゃがんだり。3時間ぐらいかけ、グッタリ。終わりがけに右膝痛が突然襲う。少々心配だが、大丈夫そうだ。南1畝と土手はまだ花がかなり咲いており、後日実施。
(12月6日)
 まだまだ花盛り。11月以降、いつまで経っても朝の冷え込みがないからだろう。でも、今日、南1畝と土手を鎌で刈り取り、除去作業終了。後日、野焼き。
(翌3月6日)
 2年前にやったのだが、今年もお隣さんから耕運機を借りて、畝の上面を耕運した。3年前はこれにより、コスモスの芽吹きがすごかった。今年も期待しよう。

<2014年度>
 今年は8月の台風でなぎ倒され、これはフェンスに結いつけたものの、10月に2回も台風が襲来し、特に13日の台風は風が強くて、かなり花が飛んでしまい、みすぼらしい姿になった。
 昨年は10月16日の台風で同様に多くの花が飛んでしまい、その1週間後に片付けに入ったのだが、今年はなかなか手がまわらず、例年並みに11月になってからの片付けである。
 公園フェンス際のコスモスは、勤労奉仕とはいえ、うちが勝手に植栽しているのだから、花が終われば片付けも当然にうちが勤労奉仕せねばならない。
 これは比較的短時間で片付くのだが、道路を挟んで公園の北側にある、うちの休耕田に3畝もコスモスを自生させており、これの片付けが大変だ。綺麗に咲き誇ればまだしも、今年は夏枯れしたり台風でなぎ倒されたりして、みっともない姿になり、花もパッとしなかった。それを小生一人での片付けとなると、加齢(66歳)も加わって、かなり消耗な作業となり、やっと重い腰を上げて、今日(11月8日)公園の片付けの後に休耕田の片付けに取り掛かったところである。
 休耕田のコスモスの片付けが大変なのは昨年から感じており、そこで、今年は3畝のうち一番北の畝は半分に里芋を作付けしたのだが、コスモスが勝ってしまい、里芋の周りのコスモスを何度か伐採したのだが、里芋の収穫はほとんど見込めない状態だ。来年はビニールマルチを敷いて、コスモスが生えないようにでもせねばいかんだろう。しかし、里芋は連作を避けたほうがいい。何を植えたらいいか、悩まされる。
(11月8日)
 9時過ぎから開始し、まずは公園のコスモスの片付け。これが終わって、30分ほど乾かしてあった里芋の泥落としで休息を取り、今度は休耕田の片付け。こちらは手で引き抜いていては時間がかかり過ぎるので、草刈機で刈り取る。大半が倒れていて刈りにくいが、今年は夏枯れしたものがけっこうあり、その分早く終えることができた。
 公園、休耕田ともに撤去したコスモスは、休耕田の一角に積み上げたのだが、この運搬作業はけっこう重労働だ。15時に終了したが、ぐったり。

<2013年度>
 花を楽しませてくれた公園フェンス際と休耕田3畝のコスモスであるが、10月16日の台風でかなり花が飛んでしまい、みすぼらしい姿になった。
 そこで、例年11月になってから行っていた片付けを今日から実施。
 さて、本日、公園西側フェンス際のコスモスと雑草を引いて、こぼれ落ちている土を公園内側に戻す。コスモスの残骸や雑草は隣の休耕田(うちの土地)へ運び込み、積み上げておいた。
 長年にわたり溜まっていた土の戻しにけっこう手間取り、これが終わってから引き続き北側フェンス内のコスモスと雑草の引き抜きに取り掛かったのだが、半分やっただけでギブアップ。残りは後日。
 大変なのは、休耕田の3畝(1畝約20m)。今年はびっしり生えているから、昨年は3時間強で済んだものの、今年は5時間程度かかるのではなかろうか。
 なお、昨年、休耕田の畝のコスモス・雑草は、引き抜いたり、刈り取って畝に積んでおき、完全に乾いてから火を付けてみたのだが、たいして燃えてくれず、失敗した。よって、今年は従前どおり1箇所に積み上げて野焼きするしかない。
 なお、今年は、休耕田の用水路沿いのコスモスは雑草に負けてしまったので、夏に雑草と一緒に草刈機で処分してしまったから、その分、楽である。
 今日は午後から雨で、3、4日雨が続くだろうから、それ以降で、残りをぼちぼち片付けすることにしよう。
(10月27日追記)
 今日は、公園北側フェンス内の残りのコスモスと雑草を引いて休耕田へ運搬。
(11月3日追記)
 休耕田3畝の北側の一人生えコスモスを刈り取り(または引き抜き)し、積み上げ。畝の上は引き抜き、泥を落とすしかない。少々やって本日はこれまで。
(11月17日追記)
 休耕田3畝のうち北2畝を引き抜き休耕田に積み上げ。
 残り1畝と土手は、まだ花をけっこう付けているし、枯れてからの方が引き抜きやすいので、もう少し後に処理することに。
(12月1日追記)
 残り1畝と土手を本日、引き抜き、これで片付いた。
 なお、庭木剪定ゴミなどと一緒に燃やそうとしたが、まだ無理であった。
(翌3月23、24日)
 休耕田のコスモスの畝の溝の土上げを3畝とも行う。
 
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11.17  みかんの収穫を始める [柑橘類]

 みかんの木は2種類各1本ずつあり、普通のみかんと“みかんとオレンジをかけあわせたもの”である。
 毎年けっこう生っていたが、ここ3年は生り方に変化が出てきた。これは剪定の仕方が原因していよう。
<普通のみかん>
 2012年:大豊作、13年:凶作、14年:さらに凶作、15年:やや凶作、16年:大豊作
 剪定しないと、葉っぱのみならず実にも黒いソブがつくので、ここ何年か風通しを良くするため剪定で枝を選っている。また、手が届く位置に実を生らせようと上部の枝を切り落としたりした。
 こうした激しい剪定を年に2、3回行っていたから、このように凶作続きとなったと思われる。
<オレンジが掛かったもの>
 2012年:大豊作、13年:生らず、14年:大豊作(半分摘果)、15年:凶作、16年:大豊作
 こちらは枝の伸びが少なく、ほとんど剪定していない。14年の摘果のとき枝選りも行った。よって、翌15年はどれだけか実を付けたのではなかろうか。
(下の写真は2016.11.21撮影)
(左:みかん 右:みかんとオレンジをかけあわせたもの)
DSCN0480.JPG


<2016-17年の記録>
<普通のみかん>
(11月17日)
 今年は大豊作。昨年、19日に初収穫しており、1個食べてみたら、少々早い感がした。期待したほどの味ではない。
(11月26日)
 11月20日頃に初収穫し、本日2回目の収穫。昨年より甘味が増している感がし、市販品と同程度だ。今年、また追肥したからだろう。
(12月5日)
 11月26日に収穫したみかんが収穫後、日にちが経ったせいか甘くなった。今日も30個ほど収穫。今年は食べきれないほど生っている。
(12月22日)
 1週間ごとに1回程度収穫しているが、甘味がまた増した。市販品の上級にランクされよう。ただし、大粒のものは大味だ。
(1月9日)
 そろそろ旬が終わりかけてきた。とても自家消費できそうになく、先日、新家(分家)にみかん箱1箱相当を差し上げ、今日、息子に安納芋の切干とともに同量を送付。
(1月11日)
 残りを全部収穫。ミカン箱1箱強。やれやれ、である。
<オレンジが掛かったもの>
(11月19日)
 今年は大豊作だが、小粒である。これは1月下旬から食べ頃となる。試しに1個食べてみたが、やはり酸っぱい甘味もまだ不十分。
(1月9日)
 甘味は十分になったが、まだ酸っぱい。
(1月19日)
 そろそろ普通のみかんを食べ終えるから、本日、ミカン箱1箱弱を初収穫。2、3日前に食べてみたら、少々酸っぱかったが甘味は強かった。
(1月28日)
 例年少しばかり鳥に突かれるが、今年はここへきて鳥にやたらと突かれるようになった。そこで、全部を収穫。みかん箱2箱強あり、良品を半分、お隣の新家(分家)に差し上げることとした。
 なお、鳥に突かれたものはその部分を捨てれば残りが食べられるから自家用にする。
 
<2015-16年の記録>
<普通のみかん>
(11月19日)
 やや凶作の今年。3日前に1個食べてみたら、少々早いが食べられそうな感がし、今日6個収穫。
 鶏糞などの肥料を樹木周りにけっこう撒いたからだろう、甘味がはっきり出てきた。
(11月24日)
 今日8個収穫。例年生らない北側の枝から収穫。味はどうだろう?(追記:甘味がはっきり出てきた。)
(12月17日)
 毎日1、2個食べている。本日10個弱収穫して終了。いずれも、まずまずの甘味がある。
<オレンジが掛かったもの>
(1月11日)
 凶作の今年。これは1月下旬から食べ頃となるが、今日試食。数が少ないせいか皆、大きく、大味であった。酸味も少なく、甘味もイマイチ。
(1月31日)
 1月半ばから毎日1、2個食べている。2月半ばに食べ終わり。

<2014-15年の記録>
<普通のみかん>
 例年けっこう実を付けるのだが、昨年は結実がかなり少なかったし、今年はさらに少ない。どうしたことだろう。不思議だ。よって、摘果はしなかった。
 そのみかんが最近急激に色付き始め、完全に黄色になったものを数日前に試しに1個食べてみたら、例年どおり、さして甘くはなかったが完熟状態になっていた。
 よって、12月1日に10個ほどを初収穫し、12月5日に10個ほど2回目の収穫を行い、その後順次収穫するも、どういうわけか昨年と同様に種はわずかしか出来ていなかった。
<オレンジが掛かったもの>
 昨年は全く結実しなかったが、今年は一昨年同様に物凄く多く結実し、その後バラバラと実が落ちたが、落果が止まった8月初めに約5割を摘果し、これでもまだ多すぎるが、ひょっとして今後も落果するかもしれないからと、そのままにしておいた。そしたら、その後の落果はほとんどなく、数が多い分、全てが小振りである。これが甘くなるのは2月になってからであるが、もらいものが底をついた1月初めから収穫を開始。

<2013-14年の記録> 
<普通のみかん>
 昨季は実をあまりにも付け過ぎたせいか、今季は生りが悪い。
 11月下旬に畑を覗いてみると、みかんの一部が真っ黄色に色付いていた。1個試食してみると、ほぼ熟している感がする。なお、生りが少ないゆえに、どれも大きな実だ。
DSCN0240.JPG

 昨年は12月9日に初収穫している。今年も12月6日に10個初収穫。その後、順次収穫し、2月上旬に食べ終わる。
 ところで、このみかん、少々種ありの上、あまり甘くないのだが、今年はほとんど種がない。不思議だ。
<オレンジが掛かったもの>
 昨年は実をあまりにも付け過ぎたせいか、全く実を付けなかった。

<2012-13年の記録>
<普通のみかん>
 大豊作。11月19日に試食してみたら、11月終わりから収穫しても良さそうな状態であったので、12月9日、とりあえず半籠(30個弱)を収穫。
 その後、みかんのもらいものが多くて、収穫再開は1月9日。これを1月28日に食べ終わる。
<オレンジが掛かったもの>
 大豊作。1月29日に収穫開始。小振りで種がいっぱいあるが、実にうまい。ところが、半分は酸っぱ過ぎる。もう少し後の時期にならないと、酸味が減らないようだ。
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11.16 山芋(河口湖産<イチョウ芋>)掘り&種芋保管 [長芋・山芋]

<2016年の記録>
 河口湖産の丸芋(イチョウ芋)栽培4年目である。富士五湖へ旅行に行ったときに忍野八海で買った丸芋であり、美味しかったから全部を食べずに種芋にし、栽培を始めた。
 気象条件・栽培場件が全く違う(当地は濃尾平野の一角で沖積層)から育たないかと思ったが、ちゃんと山芋が収穫でき、それ以来、種芋を残し、栽培を続けている。
 ところが、買ったのは丸芋であったが、栽培するとイチョウ芋になり、それが年々長くなる感がする。そして、とろろにすると若干粘り気が落ちた感がするが、これは買ったときよりもずっと大きく育ってくれるから柔らかさがでたのであろう。なお、味のほうは買ったときと遜色ない感がする。
 今年は、5月16日に保存しておいた種芋(昨年掘った山芋の上部を切り取ったものやごく小さいもの)を60個ほど20cm弱の間隔で1列植えした。
 7月31日現在で発芽したのは29株しかなかった。例年より少ない感がする。発芽しなかった箇所に遅掛けながら7月29日に自然薯10個弱を埋め込んでおいた。これはほとんどが発芽した。
 その後は順調に成育した感がするが、昨年より発芽株数が少ないから収穫減になろうと思われた。
(11月16日:全部収穫)
 今年は昨年よりも枯れるのが1週間ほど遅くなったが、ここ数日で次々と葉っぱが黄色くなった。若干青みがあるのは2株だけであり、今日、掘ることにした。
 栽培は1畝、10m強であり、スコップでなるべく深く掘り、折れないようにして掘り出す。今年は1列植えにしたから掘り出しやすい。
 朝7時半から1時間、9時過ぎから1時間、計2時間で掘り終わり、自宅に持ち帰り、ジェット噴射で水洗い。
 計量したら、26kgであった。昨年は17kgであったから、約5割増しの収穫である。発芽本数が少ないわりに思いのほか豊作となった。一つひとつの芋がでかいから、そういうことになったのだが、これは、施肥量との関係があるのではなかろうか。昨年は畝立て後に施肥(化学肥料N・K)しただけだが、今年は畝に苦土石灰・鶏糞・種粕・有機肥料粒・化学肥料(N・K)粒を十分に入れ込んだところである。
(11月20日)
 来年の作付けは、例年どおり(小さな芋はそのまま、大きい芋は上部を切り取り)の種芋で1畝、自然薯(むかご)植付けで2年越し栽培を1畝と予定している。
 むかごは、一人生えの箇所を主に十分な数を確保してあり、菓子箱に入れたままにしてあるが、毎年これで越冬可能である。
 小さな芋は一人生えの箇所から20個ほど確保してあるが、今日、栽培畝から収穫したものを選り分け、小さな芋を種用に残し、大きな芋は上部を切り取り種用にした。とりあえず籠に入れておいた。
(12月5日)
 段ボール箱に籾殻を入れ、母屋で室内保管。

<2015年の記録>
(11月1日:試し掘り)
 今年6月16日に種芋を植え付けた。河口湖産の丸芋(イチョウ芋)栽培3年目である。植えつけたのは、①食用にした芋の上部、②小さくて食用にしなかったもの、③拾い集めた自然薯(ただし、わずか6個)。その他に、こぼれ落ちた自然薯が自然に芽吹いたもの8本ほど。大半が芽吹いて、芽吹き数は約80個。
 南北10m強の畝に2列植えしたのだが、自然薯を植えたのは一番南で、南の方から順次小さい種芋から植え付け、北の方へ行くほど大きな種芋にしたと思っている。(栽培記録に書いてないが)
 まだ枯れてはいないが、枯葉が目立ちだしたので、今日(11月1日)試し掘りすることにした。北の方の2m弱を掘った。
 芋が縦にけっこう長く埋まっているから、スコップで順次掘り出した。形状は昨年と同様に縦長のイチョウ形あるいはやや平たい棒状である。購入したときはほぼ丸型であったが、随分と長い形になったものの、せいぜい30cm程度だから、掘るのにさほど苦労しない。
 1株が2、3個に分かれたものもあった。大きいものは、可食部分と種にする上部を切り分け、小さいものはそのまま種芋にすることにした。可食部分を計量したら約3kgであった。けっこう良い成績であった。
 残り8割強は、後日掘ることにする。
(11月7日:全部収穫)
 一部青々としていた葉っぱも昨日の段階で一気に黄色くなった。明日から3日間雨模様だから、もう掘らねばと、セール最終日だが午前中に山芋掘りを行った。
 北の続きから順次掘り進めて行ったが、やはり南へ行くに従って、種芋が小さいせいで掘り出した芋が小さくなる。一番南は自然薯だから大半が食用には無理で、来年の種芋用にするしかない。
 本日の収穫量は13.5kgで全体で17kg。可食部は13kg、種芋用が4kgといったところか。まずまずの収穫であった。
 種芋用にする小さい山芋は、陰干し。食用になる大きいものはジェット噴射で水洗い。
(11月11日)
 種芋の保管作業を開始。
 試し掘りで食用にしたものは上部を切り取ってあり、まずこれを種芋にする。上部があまりに細長いものは先っちょを切り取り、草木灰を塗り、籾殻を入れたダンボール箱に入れる。
 次に、試し掘り・本掘りで出た食用には向かない小さなものも同様に上部を切り取り、草木灰を塗り、収納。
 山芋の先が2つ3つに分かれていて割り取ったもの、コブのように膨らんでいて割り取ったものも同様に収納。
 これだけで数十個の種芋ができた。まだ割り口が乾いていないので籾殻は被せず自然乾燥を待つ。
 その他に自然薯(むかご)やそれに類するものが約10個あり、別途保管。
(11月13日、15日)
 本掘りで食用に回したものの上部を切り取り、草木灰を塗り種芋用にする。良さそうなのは10個強。これで、必要とする種芋80個は十分に確保できた。2日後に、籾殻を入れたダンボール箱にて来年の5月まで保管。
(11月22日)
 籾殻保管が早すぎたかもしれず、一部を取り出してみたら切り口に青いカビが付いていたものあり。
 全部放り出して点検。10個ほどがそうであり、切ってみると奥深くまで凍みているものもある。数個は処分。軽度のものは綺麗な切り口になるまで切り、草木灰を付けて日陰干し。
(12月中旬)
 再び青カビが発生したものあり。また、ネズミに齧られたものも2、3個。よって、ダンボールの蓋を閉じる。
(翌5月16日)
 今日植え付けようと箱から出したら4分の1ほどは凍みて柔らかくなっていた。使えるのは60個ほど。他に自然薯が10個ほどあり、これは芽吹かなかった箇所に後植えする。
 今年は里芋もそうであったが、倉庫保管では真冬の冷え込みで凍みるようだ。来年は母屋での室内保管としよう。

<2014年の記録>
(11月12日)
 今年の2月末にJA売店を覗いたら「山の芋(南部産)」なる丸芋の種芋が売っており、これを4月8日に切り分け、切り口に灰を付けて日陰干ししておいた。これと、河口湖産の丸芋(イチョウ芋)栽培でツルに生った自然薯(むかご)を、4月20日に畑に埋め込んだ。
 南部産は、なかなか芽吹かず、6月になってからポツポツ芽吹いたものの、7割程度は腐ってしまい、ツルが伸びていったのは7本だけである。
 そのツルも11月初めには枯れてしまい、もう収穫して良い。どの程度の大きさの丸芋ができているか楽しみだ。近いうちに掘ってみよう。
 なお、自然薯からの栽培は2年かけて育てねば大きくならないとのことだが、「河口湖産山芋(イチョウ芋)」も1株試しに掘ってみよう。
 ところで、前年は河口湖産に自然薯がいっぱい付き、今年もそれを期待していたのが、全く付かなかった。(もっとも、後日掘ったとき、1株から数個こぼれ落ちているのを発見)
 種芋の切り分けでの栽培は2年連続して大半を腐らせてしまい、ほぼ100%芽吹きが見られる自然薯による栽培倍増を来年から目論んでいたが、当てが外れた。南部産のほうも自然薯が全く付かず、これによる栽培目論見もダメになった。ツルが垂れ下がると自然薯が付くとのことだが、そうでなくても前年には付いたと思うのだが…。
(11月16日追記)
 今日、「山の芋(南部産)」を掘ることにした。7株のうち、150g程度のまあまあの大きさのものが2個あったが、あとは50gにもならないものばかりが8個。やはり、切り分けて埋めた後、腐りが来て、やっと生き残っただけなのであろう。
 小さな芋は、春まで籾殻に入れて保存し、来春に埋めることにしよう。
 それにしても、種芋を切り分けての栽培は2年目になるが、実に難しいものだ。
 次に、自然薯からの栽培である河口湖産山芋(イチョウ芋)も1株試しに掘ってみた。そしたら、予想がいいほうに外れ、何と200gもあろう大きな芋に成長していた。
 そこで、20数株全部を掘ることに。しかし、ほとんどは50g以下の小さなものばかり。大きな芋は7、8株。
 なお、小さな芋は1株から2個の芋ができているものがけっこうあった。また、1株は自然薯が数個こぼれ落ちていた。
 これらは、春まで籾殻に入れて保存し、来春に埋めることにしよう。きっと、200g超のイチョウ芋に成長してくれるだろう。もっとも、掘ったときに、ひげ根を切ってしまっているから、成長遅れが生ずるかもしれないが。
(11月17日追記)
 小さな芋はそのままにし、大きそうで食用になる部分とそうでない部分に切り分け、来春に埋め込む種を用意した。自然薯6個を含めて約80個できた。
 種用はしばらく陰干しし、よく乾いたら、箱に籾殻を入れて保存しよう。なお、切り口には草木灰を付けておいた。
 食用にできるものは、山の芋(南部産)2個、河口湖産山芋(イチョウ芋)が十数個で、数kgできたであろうか。窪みに泥が詰まっており、タワシでは落としきれないので、ホースのジェット噴射で落とすことにした。そしたら、綺麗に落ちた。
 2種類の山芋の食べ比べを早くしたいものだ。
(11月17日追記)
 時間があったので、掘り起こし跡の土を小型ビッチュウでかき寄せ、少々小高い幅広の畝を作っておいた。来春に2列植えで山芋栽培をすることにしよう。
(翌年5月11日追記)
 なかなか消費がはかどらず、南部産は先日まで手付かずであった。女房が煮物にしようと調理を始めたところ、凸凹の奥まった所がけっこう奥深く、トロロは作りにくいだろうし、皮むきも大変だと言う。食してみたが、身が締まっておりトロロ向きの感がしたが、煮物はホクホク感があるものの旨味はイマイチ。
 よって、種芋を残してあるが、作付けは止めにする。
 ところで、植付け予定畝を見たら、河口湖産山芋(イチョウ芋)の自然薯がこぼれていたようで、芽吹きが4箇所で見られた。これはこのまま育てよう。
 間もなく種芋の植付けとなるから、今日は畝の峰に筋を立て、化成肥料(窒素、カリのみ)を少々埋め込んでおいた。

<2013年の記録>
 昨年の秋、富士五湖へ行った折、たまたま忍野八海で河口湖産の丸芋(イチョウ芋)を売っており、これを買ってきてトロロにしたら、けっこう天然の山芋に近い味であり、調理もしやすかった。
 よって、種芋として一部を残し、5月頃に自宅前の畑の隅3か所に2、3個ずつ埋め込んでおいた。芋を切ってから乾かしすぎたのが悪かったのか、たっぷり水を入れて埋めたのが悪かったのか、2か所で1株ずつしか発芽しなかった。なお、JAの売店で買った丸芋の種芋を切り分けたものは須賀前の畑に同様にして埋めたが全滅してしまった。
 発芽した2株が葉っぱを虫に食われながらも、ヒョロヒョロと成長し、11月にはその葉っぱが枯れ、掘ったところ、1株は小さなズングリした長芋(100g程度)になっており、もう1株は200g程度でズングリした長芋の先がイチョウの葉の形になっていた。
 買ったときと形がまるで違う。不思議なものだ。
 写真を載せると良いのだが、掘るとき2、3切れに折ってしまったから、みっともなくて撮らなかった。
 味はどうか。トロロにして食べたら美味であった。
 なお、先端部分は保存し、既に収穫済みの「むかご」とともに来春、須賀前の畑で1畝栽培することに決定!

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11.13 ぶどう園づくり [ぶどう]

 うちの庭は3ブロックあり、広すぎる。そこで、1ブロックを崩し、今、畑にある果樹園3ブロックに1ブロックを足して果樹園を4ブロックにすることにした。ここをぶどう園とすべく、画策したところである。
<2016年度>
(10月13日)
 苗木(1本)をネット注文。品種は最新品種で一番人気のシャインマスカットP接木である。とても美味しいそうだから数年後が楽しみだ。
(11月13日)
 今日、苗木を植えられるように準備をすることにした。
 植える場所は既に決めてあり、その周り1mの範囲にある庭木を伐採したり、椿の木を大きく枝払い(これはぶどう棚の支柱にする)をした。そして、ツルハシでもって伐根。
 これで、最小限の植え付けスペースは確保できた。
 その作業中に腕や首筋があちこち痒くなってきた。これは、椿の木(今夏、イラが大発生し、ほぼ丸坊主になった)の枝払いをしたときに、イラの毛がまだ残っており、それがシャツを通り抜けて皮膚に付いたからだろう。これにはほとほとまいった。
(11月14日)
 ぶどうは湿り気のある土壌を嫌うとのことである。庭の土は畑と同様にけっこう粘土質が多く、湿り気がある土壌だ。
 支柱にする椿の木は30年ほど前に砂を入れた場所に植栽したから、そこへ根が伸びれば水はけも良かろうが、開墾した部分は一部は砂っぽかったものの、大半は湿り気が多い粘土質だ。
 周辺の土をかき寄せ、ある程度の盛土をしてから苗木を植えねばいかんだろう。そうなると、周辺2mほどを開墾し、土寄せせねばならないし、砂でも入れねばいかんだろう。
 最初が肝腎。けっこう大掛かりな作業となりそうだ。
 今日、その作業に取り掛かりたかったが、お昼前から雨となり、後日、行うしかない。
(11月18日)
 まず、盛土にする土の確保。家の敷地境界(東の垣根)は多少盛土になっており、そこから土を採って、ぶどう園へ運搬。小石がけっこう多いから篩にかけるしかない。また、アジサイの根張りがあり、土採取がはかどらない。
(11月20日)
 昨日、苗木が届いたから、今日、植え付けることに。
 高盛土にするには、まだまだ土が足りない。垣根からはもう無理だが、主庭を見てみると、所々に畑土が入れられており、これをテボでかき集め、ぶどう園へ運搬することに。これで、十分な盛土ができる土を運び込むことができた。
 植付け位置周りをツルハシで掘りながら、有機肥料(牛糞、鶏糞、有機肥料粒)と苦土石灰を入れ込む。そして、植付け位置当りも同様に掘りながら肥料を入れ込む。樹木の根っこがけっこう出てきて、これは放り出す。まあまあの深さまで土ほぐしと肥料敷き込みができた。
 持ち込んだ土をビッチュウで寄せ、高さ60cm強、直径120cmほどの小山を完成させた後、小山の頂を掘り、牛糞をしっかり入れ込んで土とまぶし、ぶどうの苗木を植え付け。
 頂を崩したので小山の標高は50cm強となってしまったが、まあよかろう。これで、当分の間(1、2年)は十分に水はけがいい状態を保てるであろう。
 なお、山の部分には肥料が入っていないが、ここは後日対処。
(12月10日)
 明日辺りから冷え込む。そこで、藁把4把でぶどう苗木の周りを囲んで上部を軽く縛り、支柱3本を差し込んで支えにし、大きなビニール袋を被せておいた。これでどれだけか防寒できよう。これをやる必要はないかもしれないが念のため。
(1月9日)
 株回りにテボで溝を掘り、野焼きしてできた湿った草木灰が付いた炭と米糠をたっぷり入れ、埋め戻し。盛り土の中段も同様にして入れ込み、埋戻し。これで十分な施肥ができたであろう。
(2月20日)
 被せておいた藁把・ビニール袋を外す。
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11.13 庭木の伐採でそこら中痒くなり、腫れる [ファーマシーの疾病]

 今日(11月13日)、ぶどう園作りに取り掛かった。植える場所は既に決めてあり、その周り1mの範囲にある庭木を伐採したり、大きく枝払い(これはぶどう棚の支柱にする)。そして、ツルハシでもって伐根。
 その作業中に腕や首筋があちこち痒くなってきた。これは、椿の木(今夏、イラが大発生し、ほぼ丸坊主になった)の枝払いをしたときに、イラの毛がまだ椿の木の枝に残っており、それがシャツを通り抜けて皮膚に付いたからだろう。これにはほとほとまいった。
 だんだん痒くなり、途中でシャツを脱いで痒い所をタワシデ擦り洗いしイラの毛を落としたつもりでいたのだが、どれだけかの効果はあっただろうが、痒みが消えることは決してない。
 痒みを我慢して作業を続けたが、それも限界が来る。早めに一区切り付けて、手当てすることに。
 上半身裸になり、再び痒い箇所をタワシデ擦り洗いし、それができない所はタオルで拭う。その後でムヒアルファEXを塗る。これで、痒みはけっこう治まり、やがて腫れも引いてくるだろう。
 しかし、神社行事で酒を飲むから、痒みが再発しそうだ。そこで、飲む痒み止め「五苓黄解」ドリンクを1本飲んでおいた。
 このドリンクはほんと良く効く。1本飲んだだけで、その後、夜になっても全く大丈夫であった。ほっと安堵したところ。
 近日、もう1本、同様に椿の木を処理せねばならぬ。今度は、先に「五苓黄解」ドリンクを1本飲んでおくことにしよう。
 思い起こすに、こうした処置は過去にも2、3度やった記憶がある。庭仕事もけっこうトラブルが付き物だ。

(12月5日)
 今日は、庭木をいじらなかったが、どこかでイラの毛を拾ったようで、あちこち痒くなった。先月のようなひどさではなかったが、ムヒアルファEXを塗り、何とか治まったが、参ったもんだ。のちほど「五苓黄解」ドリンクを1本飲んでおいた。
 
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2016年 前歯の歯茎が腫れて痛む [ファーマシーの疾病]

(2016年11月10日)
 8日の夜遅くに前歯(上の左)が痛み出した。夜中にも痛みで目が覚める。朝、触ってみると虫歯ではない。治療跡が痛みの発生源で、その歯茎が両隣より赤味を帯びている。
 ということは、歯医者さんの説明によれば、根本原因は「歯の神経が死んでしまったり、根の治療が不十分な場合、根の中の細菌が顎の骨の中に入って膿の袋を作ります。この膿の袋が大きくなると歯茎が腫れてきます。中に溜まった膿は歯茎に小さな穴を開けて少しずつ出てくる場合もあれば、痛みを伴って大きく腫れてしまうこともあります。」であり、症状が出やすいときというのは「歯茎の腫れは、疲れた時に出やすいです。でも、なんで体調のよい日は歯茎が腫れないかっていうと、歯茎が腫れるのは細菌によるものですから、身体の抵抗力が充実していれば歯茎は腫れずに済むんです。」ということです。
 まあ、これは知れたことですが、小生の今回の強い症状は初経験です。
 そこで、漢方の抗生物質と言われる排膿散及湯を飲むことにした。これは、硬いものを噛んで奥歯が腫れたときに良く効くという経験があり、9日の朝、昼過ぎ、夜の3回6錠ずつを飲んだ。
 しかし、いっこうに効いた感がせず、腫れてもき、痛みの範囲も広がってきた。夜中にも目が覚めたとき痛みを感ずる。10日も3回6錠ずつを飲むことに。
 さて、今回の発症原因は何であろう。6日には百姓仕事を目いっぱいやり、7日も午後はけっこうやった。これが「疲れ」の原因であろうが、当店の毎週連休日にはこうしたことはしょっちゅうある。他にも「疲れ」の原因があろう。それは、2日にアパート一部屋の大掃除を丸一日行い、このときはバテバテになった。きっとこれが加算されたのであろう。
 歳を食えば、疲れは遅れて出てくるし、溜まりやすいのである。目いっぱい肉体労働をするのは考えもの。これからは余裕を持って八分で止め、バテバテになるようなことは慎まねばいかん。
(11月11日)
 昨日のお昼には痛みがひどくなり、鎮痛剤を飲んだら痛みが薄らいだ。しかし、午後から製薬会社の会合・懇親会に出席し、夕方にまた痛みがひどくなったから、製薬会社に頼んで鎮痛剤をいただき、何とかなった。なお、排膿散及湯は6、7時間おきに1日3回飲んだ。
 加えて、10日は店番するに寒さ我慢をしていたせいか、昨日家に帰った21時過ぎから背中がゾミゾミし出した。こりゃ風邪も引いてしまった。そこで、30分以上風呂に漬かり、じっくり体の芯を温め、葛根湯を飲んで寝た。風邪の方はこれで治ってしまったようだが、念のため朝も葛根湯を飲んでおいた。
 さて、歯茎の腫れの方は、朝、随分と広がったものの、痛みは大きく減じた。今日も、排膿散及湯は6、7時間おきに1日3回飲むことにする。そして、腫れには五苓散&黄連解毒湯の混合ドリンクが効くから、これも飲んでおいた。加えて、冷湿布である。
 こんなに幾つもの対処法を取ったのは、今日、午後から神社大会があり、それに出席せねばならないからである。顔の左半面だけ腫れぼったい、みっともない姿を皆に見せたくない。何とか、お昼には腫れがどれだけか引いてくれないものだろうか。
 昨日今日と行事に出席せねばならず、これではゆっくり体が休められない。治りも悪いだろうなあ。
(11月12日)
 昨日は、排膿散及湯を6、7時間おきに1日3回飲んだが、腫れぐあいは変わらない。痛みは大きく減少したが、食事のとき大きく口を開けると痛みを感ずる。
 夜になって、背中が少々ゾミゾミし、まだ風邪が抜けていないことが分かったが、大したことないから葛根湯は飲まず。
 今朝、若干腫れれが引いたようだし、腫れた部位を押さえたり、大きく口を開けても痛みはあまり出ない。やっと改善方向に進んだようだ。今日も、排膿散及湯を6、7時間おきに1日3回飲もう。
(11月13日)
 夕方までは変わりなかったが、寝る前になってグンと腫れが引いたし、押さえても痛みが少なくなった。これで、やっと治る。
 朝起きて、腫れは完全に引いたのが分かった。大きく口を開けると一部(膿の発生源)に痛みを感ずるも、どってことない。
 ほっと安堵した。なお薬はもう飲まず。
 
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休耕田&畑での野焼き [野焼き]

 野焼きはだんだん難しくなってきた。20年ほど前に廃棄物処理法が改正になって原則禁止となった。そんな頃から親父に代わって小生が野焼きするようになったのだが、風向きを無視して野焼きを年に何度も行っていたものだから、苦情が来たり通報されもした。
 近年になって、住宅や中古車販売会社が近くにできたから、風向きの気をつけて野焼きせねばならなくなった。
 いつまで野焼きができるか分からないが、可能な限り野焼きを続け、草木灰を得て、畑に施肥したいと思っている。

<2016年度>
<第1回>(11月7日)
 弱い南風が卓越するとの予報であったが、正午過ぎは東風であったり西風であったりする。これなら野焼きしても通報されそうにない。
 よって、休耕田の草刈と同時並行で野焼きすることにした。
 夏剪定の枯れ枝や冬に掘り出した切り株が主だが、雑草、芋ツルも混ぜて、休耕田に積み上げてある。これに、公園から出た枯草で湿っていないものを被せて着火。
 よく燃えてくれる。風は回っているようだが微風であり、南風になることはまれであった。
 よって、公園から出た枯草で若干湿っているものも時々被せ、少々煙が出るが、燃やしてやった。
(11月9日)
 翌8日の朝、午後から小雨の予報で、トタン板を被せておいた。2.5ミリの雨であった。9日朝、見てみると、淵に若干の湿りがあるだけで、まだ温かく今日中に完全燃焼してくれそうだ。
(11月10日)
 草木灰を振るいに掛け、金たらいに入れる。少し暖かみがあり、淵は少々湿っているも、ほぼ全部がフワフワ状態。燃え残りが若干あり、それはトタン板に乗せておき、次回に燃やすことに。
 ほぼいっぱいになった金たらいを軽トラに載せ、須賀前のサツマイモ跡全体に草木灰を散布。
<第2回>(12月17日)
(11月19日)
 今までに、ぶどう園づくりで出た伐採樹木や庭の草引き出た枯草、それに公園から出た枯草をサンドイッチにし、休耕田に積み上げてある。
 そこへ、前回の燃え残り炭を乗せ、ビニールシートで覆って、今晩からの雨除けとし、コスモスの残骸少々と重石を乗せておいた。
 雨除けとしてビニールシートで覆うのは今回が初めてのことである。これで、燃えやすくなろう。
(12月17日)
 その後、ビニールシートをめくって燃やそうとしたが風向きが悪く日延べ。その後は雨が定期的に降り、延び延びになっていたが、今日の予報では北西の微風とのことで、13時半から急きょ燃やすことにした。
 最初は北風、直ぐに北東風に変わり、ちょうどそのときコスモスの残骸を乗せたので、燃えカスが自動車屋さんに落ちる。苦情あり。
 その後も風向きは良くならず、より微風となり北東、北、東と風が舞い、追加野焼きは中止。
(12月19日)
 朝、草木灰を振るいに掛け、金たらいに入れる。少し暖かみがあり、ほぼ全部がフワフワ状態。燃え残りが少々あるもプランター用土の軽石が多い混ざっており、これはぶどうの苗木の周りに。
 回収した灰は、金たらいにほぼいっぱいになり、須賀前のサツマイモ跡全体に散布。前回とかぶってしまった。残り若干は山芋跡に。
<第3回>(1月8日)
(12月19日)
 11月下旬に庭の剪定ででたものやコスモス畝の残骸を機会を見て燃やさねばならない。
 第2回野焼きの灰を今日回収したので、焼き場に剪定ゴミを積み上げておいた。かなりの量があり、コスモスの残骸は第4回の実施か。
(1月8日)
 元旦以来、微風で風向きの良い日を狙っていたが、なかなか訪れず、今日になってやっと絶好の条件となった。午前中に野焼きし、午後の雨との予報に備え、トタン板を乗せ、重石をしておいた。
(1月9日)
 昨晩20mmの雨。これでは灰が湿る。朝、見てみると若干湯気が出ていたが灰は湿っぽい。昼から、篩にかけたら半分ほどが湿った灰、半分が灰が付いた炭。
 灰はどうにか肥料として使えるだろう。炭は除湿を兼ねてぶどう園で使うことにしよう。
<第4回>
(1月9日)
 コスモス畝の残骸(コスモスより雑草が多い)を野焼き場に積み上げておいた。
(1月16日) 
 神社において初詣イベントと左義長の焚き火でできた灰・炭を回収。
 砂利が混ざっているものは果樹園にばら撒き、砂利が混ざっていそうにないものは休耕田の野焼き場に搬入。
 野焼き場に積んだ枯草を半分ほど崩し、湿った灰・炭を枯草と4層のサンドイッチにして積み上げ直し、後日、再焼却。
(2月13日)
 午後3時半過ぎ、風がさほどなく、西または北の風であったので、野焼きすることにした。表面はメラメラと景気良く燃え上がったが、後が続かない。ほじってみると、上面に炭がそのままの姿で残っており、そのすぐ下はけっこう湿っている。どれだけか掻き広げるも、全部が湿っているから燃え上がらない。煙は水蒸気に変わり、自然鎮火しそう。でも、奥の方で火の気があり、周りでも何箇所か火の気がある。燃えきってくれるよう淡い期待をもって4時半前に放置することに。
(2月14日)
 朝、見てみると、かなりの熱が残っており、思いのほか燃えていた。広がった灰をテンワで掻き寄せて山にし、休耕田の枯草を少々乗せて、けっこう残っている炭を完全燃焼させようと目論む。
(2月17日)
 早朝から雨がぱらつきだし、早速草木灰を回収。3日半経ち、完全燃焼しているが、少し暖かい。左義長の針金や瀬戸物そして小石が多く混入し、篩に掛けて除去。
<第5回>
(2月20日)
 休耕田の野焼き場が空いたので、東庭の2本の木と南庭の1本の木を伐採し、運び込む。畑の際に積んであった剪定くず、枯草なども積み上げる。
(3月13日)
 今日は無風につき、9時頃に着火。綺麗に燃え上がる。伐採した松の木の幹を乗せておいたが、これはほとんど燃えず、来季まわし。
(3月15日)
 篩に掛け、若干の燃え残りなどを除去。
<第6回>
(3月5日)
 ヤーコンのシート外しを行い、今までに積んである残骸の上に乗せ、後日野焼き。
(3月13日)
 休耕田の野焼き場の火勢が弱まったところで須賀前の畑に行き、堆肥場の乾いた野菜の残骸やサツマイモの残骸を上に乗せ、着火。綺麗に燃え上がる。
(3月15日)
 篩に掛け、若干の燃え残りなどを除去し、ヤーコン畑に散布。  

<2015年度>
<第1回>(10月18、19日)
 昨日(10月18日)は休耕田で、今日(19日)は自宅前の畑で、野焼きを行った。
 例年より燃やすべきものが何倍もあって大変である。というのは、自宅前の畑の樹木をかなりかなり伐採したからである。
 ところが、昨日・今日とも途中で中止せざるを得なくなった。
<休耕田にて>
 昨日は、休耕田で樹木の枝と公園から出た雑草を交互にくべて、燃え上がったり煙が激しく出たりを繰り返していた。風は微風であったが、南西の風が卓越し、近くにあるアパートへ煙がたなびくことが多かった。
 少々やばいな、通報される恐れがある。過去に2度あったから、今日もあるかも。
 予想はずばり的中。パトカーのお出まし。“いやー申し訳ない。ご苦労様”で終ったが、2時間も燃やし続けていたから、少々うんざりしたところであり、今日はこれまで、と区切りがついて有り難かった。
 ほとぼりが冷めたところで、また野焼きしよう。
<自宅前の畑にて>
 1か月後にしようかと思ったが、昨日・今日と当店の連休で、今日も風は弱く野焼き日和である。また休耕田で、とはいかない。微風だが南風であり、またアパートへ煙がたなびく。
 まだ燃やしていない伐採した樹木の大半は畑の中に放置してあるものだ。よって、畑の中で燃やすことにした。燃やし始めて15分もしたら東風に変わった。畑の西側に民家と自動車屋がある。燃えカスがかなり降るだろう。でも、東風は一時的だろうと思い、野焼きを続けたが、南風が一時的で多くは東風だ。1時間経ったところで、ちょっとヤバイな、まだ半分残っているが、様子見せねば、と思っていたところ、両方の方から相次いで低姿勢で“申し訳ないがかくかくしかじかで…”と言ってこられた。“いやー申し訳ない。中止しますわ。ここで燃やすのは今回が初めてでして、以後やりませんので。”で終った。
 灰が随分できたが、まだいぶっている。完全に燃えきるのは、どちらも明日か明後日になろう。すっかり冷めたところで畑にばら撒こう。いい肥料となる。
 1か月後に、また野焼きすることにするが、風向きに神経を使い、また、湿っている公園の雑草は煙が出すぎるから燃やすのは止めよう。 
(10月22日)
 畑での野焼きは少なかったから灰が冷えているが、休耕田はまだ暖かい。たぶん良かろうと思い、今朝、灰を回収することにした。ほぼ完全に燃えきっており、下のほうは炭状態になっていたので篩に掛けて灰を回収。たっぷりある。良き肥料となる。
 草木灰は春野菜に施肥し、一部残ったものは夏野菜用に保管。
<第2回>(12月6日)
 3日ほど前に雨があり、どうかと思ったが風が弱く風向きがいい。よって、午後3時頃に、山にしてある剪定ゴミに着火してみた。
 煙が立ち昇り、よく燃えない。10月下旬に刈り取ったコスモスや雑草を乗せてみたが、やはり煙が多い。
 よって、それ以上燃やすのは止めにし、ときどき突いて燃えやすくするも、たいした効果なし。
 ところが、決して消えることはなく、ずっと燻った状態が続き、ときどき小さく燃え上がる。
 午後5時半頃に見に行くと、様子は変わらなかった。そこで、中央を低くしたドーナッツ状にし、どれだけか燃えやすくしたが、気休めにしかならないだろう。
 風は西風ときどき西北の風といった状態。これなら民家に煙は行かない。まれに西南西となり、このときは、隣地の住宅に煙が行く。まあ、許してもらおう。
(12月9日)
 燃え残りが多い。篩に掛けて草木灰を回収。これは夏野菜用に保管。燃え残りは第1回の分と併せて次回の野焼きで燃やすことに。
<第3回>((1月15日)
 12月は雨が降ったり、忙しかったりで野焼きできず。
 1月11日に、神社の初詣、左義長で大量にできた灰・炭(少々湿り気あり)を回収してきた。
 休耕田の所定の場所に、まずコスモスの残骸をどれだけか置き、その上に灰・炭を半分乗せ、次にコスモスの残骸を少々乗せてから残りの灰・炭を乗せ、2段重ねの形で灰・炭を置く。トタン板を被せて雨除けする。
 自宅前の畑から樹木を伐採した小枝を運び込み、土手辺りに並べておいた。これで、野焼きの準備完了。
 その後、風向きが悪かったり、所用があったりして、延び延びとなり、今日(1月15日)風向きが良く、野焼きすることにした。
 ここのところ雨なしでよく乾いているから助かる。
 まず、雑草が多く混じったコスモスの残骸を乗せ、着火。勢い良く燃え上がる。次に、樹木の小枝を乗せ、またコスモスといった具合で燃やしていく。途中で、前回の燃え残りを乗せたり、お隣さんのピーマンの残骸も燃やしてあげたりした。
 概ね燃え終わったところで突いてみると、4日前に積んでおいた灰・炭の下には火が通っていない。となると、最下段のコスモスの残骸も同様であろう。
 でも、上に被っている熱い炭がだんだん燃焼し、それでもって下の灰・炭も燻して完全燃焼してくれるのではなかろうか。そう期待している。
 明日いっぱい燻り続け、明後日も同様であろう。そうなると、明後日とその翌日は1泊で温泉に行くから、4日後に灰の回収となるが、寒波が来て天気が崩れる。灰の回収はいつになるやら。
 明後日の朝、トタンを被せ、灰が湿らないようにしておこう。
(1月16日)
 朝、見にいったら、トタン板を乗せ、石で重しがしてあった。昨日の夕方、隣の老主人が火災予防でそうしてくれたのだろう。なお、灰はまだ熱い。
(1月18日)
 1泊2日の温泉旅行から帰って見てみると、今日の15mmほどの雨で灰の周辺部がじっとりと水を吸い込んでいる。でも、中央部はまだほんのりと熱い。
 そこで、じっとり湿った灰をかき揚げ、なんとか余熱で乾燥しないか期待しているところだが、どうなるだろう。明日は朝から強風だから、そのままにしておき、明後日以降で灰を回収しよう。なお、再びトタン板を乗せ、石で重し。
(1月28日)
 明日の雨でこれ以上湿らないよう、ダンボール箱6箱に炭混じりの草木灰を回収。かなりの湿りよう。
(2月中旬)
 湿った炭混じりの草木灰は果樹、グラジオラスに施肥する。
<第4回>(2月18日)
 2月初めに庭木の伐採、ツツジの根っこの掘り起こしを休耕田に積んでおいた。
 今朝、微風で北風。最高の条件。野焼き実行。
(2月20日)
 今日は午前中に雨となり、かなりの降りようになりそう。そこで、48時間しか経っていないが灰を回収することにした。
 まだかなりの燃え残りが残っており、篩に掛けたら灰と炭のボリュームは同じほどとなった。暖かみがあるが、発火はしないだろうと思っていたが、30分ほど農作業をしてから見てみたら、なんと炭が発火して煙が立ち上がっているではないか。
 炭は早速に堆肥場に入れたが、燻り続けているものの、9時頃から降り出した雨で消えてしまうだろう。
 一方、灰も熱を持ってくるかもしれないので、早速に須賀前の畑に運び、サツマイモ(紅東)作付け予定箇所に散布しておいた。
<第5回>
(3月16日)
 須賀前の畑にて、ヤーコンの残骸、柳の枝を中心に野焼き。南西の微風で最高の条件。
(3月18日)
 まだ完全に燃えていないが、今朝草木灰を回収。篩にかけ、燃え残りは少々残っている枯草の上に乗せ、もう一度燃やしなおすことに。
 なお、草木灰は早速畑の西の方にばら撒いた。
 
<2014年度>
(11月17日)
 最近、野焼きは厳しくなった。先月号の町広報誌にも「野焼きは禁止されています」と大きく書かれていた。
 でも、そんなこと知るか、である。
 今朝、3時間ごとの天気予報を見てみたら、午前中は微風で北北西の風とあり、お昼から南西の風に変わるとある。
 この分なら午前中は、休耕田での野焼きにちょうどいい風向きだ。そこで、9時前から野焼きを開始。
 休耕田に積んであるのは、隣の公園から搬出したコスモスの残骸と草刈で出た雑草である。
 まだ十分に乾ききっていないから、燃え方が悪い。煙が黙々とあがり、そしてたなびく。でも、煙は隣の寺と自宅に向かうから、問題ない。
 しかし、煙が少々多すぎる。そこで、先日、休耕田の草刈をしたので、その草を一輪車で運び、燃え上がらせる。なお、自宅前の畑から一輪車で2回、堆肥になりにくい野菜の残骸などを持ち込む。
 途中、別の作業を行いながら、お昼までかかって休耕田の過半の草を燃やしてやった。まだ、芯はくすぶっているから、全部が燃え尽きるには明日いっぱいかかろう。
 随分と多く灰が出来そうだ。いい肥料になる。明後日には畑にばら撒こう。
 こうして、今年もおおっぴらに野焼きを決行した次第。
 肥料を作ってんだから、どこが悪い、と、うそぶいて。
 ところで、須賀前の畑の方は、今年はこの時期には行わず、年明けか春にまとめて行う予定である。
(11月20日追記)
 3日経った今日、草木灰を回収。段ボール箱3杯。最下部は燃え残りがあったが、それ以外は完全に灰になっていた。その一部を須賀前の畑へ持って行って施肥。
(1月24日)
野焼き 庭木剪定ゴミ・庭の草花の枯草
(3月28日)
 須賀前の畑で野焼き

<2013年度>
(11月3日)
 休耕田に、隣の公園から出た雑草(9月に草刈機で刈ったもの)とコスモスの残骸がうず高く積まれている。
そして、今日、うちの庭から雑草やおふくろが庭木の一部を剪定したクズそして秋ナスの残骸を持ち込んだ。さらに、休耕田のコスモスを一部刈り取り(または引き抜き)これも積み上げた。
 幾山もできているし、また、休耕田を草刈機で刈った雑草も燃やせる。ここのところ雨なしで、よく乾いているかと思いきや、どれも少し下は湿っている。
 これでは、今日は燃やせない。後日ということになるが、来週も再来週も日曜日は用事があってダメだ。それまでの間で、風が弱く、風向きがいい日を狙って平日に行うしかない。煙が近くにあるアパートの方角へたなびくと通報される恐れがあるから、実施日を慎重に選択せねばならない。
 今年は、例年に比べ、量が多いから大変だ。この野焼きが終わると、例年だと、11月下旬にコスモスの残骸、12月には庭師さんに頼んで行った剪定クズの野焼きをせねばならない。自宅前では、この3回の野焼きをすることになるが、今年は、第1回をコスモスの残骸を含めて行うことになろう。
 なお、野焼きしてできた灰は貴重な肥料となるから、いつも回収して主に須賀前の畑に撒くことにしている。
(11月22日追記)
 ここのところ雨なしで、そろそろ野焼きができそう。天気予報でも風はなく、風向きも良い。朝7時に風向きを見たら南風の微風。野焼き決行!
 とりあえず、須賀前の畑から田へ持ち出してある草を燃やすことに。何とか燃え出し、畑の隣の方に貸してある家庭菜園の草なども積み上げておいた。
 開店準備を終えてから、店は女房に任せ、自宅前の休耕田に積んである草を燃やしにかかる。風向きは良好。予報どおり西風の微風に変わった。のち、北または西風の微風。風向き良し。
 従兄弟に頼んだ庭木の剪定で出た剪定ゴミも燃やす。どれもこれも全体に若干湿っており、燃え上がりにくく、少しずつしか燃やせない。午後2時半までかかって、今、出してある草全部そして休耕田の草の一部を燃やした。
 自宅前の野焼きの終わりがけに須賀前の様子を見に行く。おおむね燃え尽きているが、ピーマンの残骸が燃え残っており、田んぼにばらまかれている刻み稲藁や家庭菜園の草を再度集めたりして積み上げておいた。一晩くすぶって明日中には燃え尽きるだろう。
 自宅へ戻ると、おふくろが休耕田の野焼き場を突いている。くすぶっている残りを燃えやすくするためだろう。
 ちょうどいいところに出くわした。夕方、必ず水をかけるおくふろである。
 “水をかけたらあかん”と、耳の遠いおふくろの耳元でゆっくりと大きな声で言うと、“水かけぇへんで、ええわ”との返事。
 はたして信じて良いものか、疑問もある。
 時刻はまだ2時。おふくろが手にしている突き棒を受け取り、野焼きを続行。
 野焼きはドーナツ型にして燃えやすくしてあるが、草に湿り気があってこれ以上は燃え上がりそうにない。そこで、多少は乾きのいい休耕田の草をどんどん持ち込み、ドーナツの真ん中に入れ込み、積み上げていく。少しずつは燃えてくれる。
 でも、それも限界が来た。そこで、最後に、テンワ(手鍬)で周りの灰をかき揚げ、くすぶらせておくことに。須賀前同様、明日中には燃え尽きるだろう。
 明後日、両方とも野焼きでできた灰をかき集め、須賀前の畑へ持っていき、畑全体に施肥する予定。
 今日で大半が終わったが、まだ休耕田のコスモスが4割残っているし、庭の剪定ゴミもまだ少し出るし、自宅前の畑にも燃やさねばならないものがある。これらは、12月中旬にまとめて燃やそう。
(11月23日追記)
 朝10時過ぎに野焼き場を見てみると、大きくかき広げてある。おふくろの仕業だ。早く火を消そうという考えだ。今日も風はないのに…
 燃え残りがけっこうあり、これでは灰の搬出・畑への散布がやりにくい。まだ火のどかみが少しあり、再び小山に戻したが、はたして燻り尽くすか疑問。
 灰作りをしようとすると、今回のようにかき広げられたり、水をかけられたりと、いつもおふくろに邪魔をされる。困ったものだ。
(11月24日追記)
 朝、自宅前の灰を回収しようとしたが、やはり燃え残りがかなりあった。それらを除けて灰を段ボール箱(たばこケース2分の1)7箱に入れ、須賀前の畑へ運搬。須賀前では2箱分程度できた。
 それらを全部の作付け畝、空き畝ともに適宜撒く。いい肥料となる。
(12月1日追記)
 その後、畑から出た雑草、剪定ゴミの追加分を本日野焼き。ほぼ無風であるが、北風が卓越し、ちょうどいい日和だ。まずまずの燃え方である。そこへ、引き抜いたコスモスを乗せたが、まだ湿り気があり燃えない。田の雑草も少々湿っていて燃えにくい。コスモスの引き抜き作業の合間に、田の雑草を時々運び、灰作り。
 今晩から明日にかけてくすぶってくれ、たぶん燃え尽きることだろう。
(12月3日追記)
 朝、まだくすぶっていたし、生木の塊は部分的に燃えただけ。
 燃えた灰だけ回収し、須賀前の畑へ運び、夏野菜(ナス・トマト)作付け予定箇所を中心に撒く。
(12月8日追記)
 昨日の朝、コスモスの残骸に休耕田の雑草を加え、生木の塊を乗せて野焼き。コスモスはよく乾いており、少々湿った休耕田の雑草も勢いよく燃やしてくれた。生木の塊もくすぶりながら燃え尽きそうな感がした。
 しかし、ここでまたおふくろの横槍が入る。昼から2時間ほど須賀前の畑に行っていたすきに、午後3時頃と思われるが、多少風があったので、たっぷり水をかけられてしまった。これにはほとほとまいる。
 なお、今朝、今後の雨でミネラル分がこれ以上流れ出ないようにビニール袋を掛けておいた。これは年明けに果樹の剪定で出た枝を燃やすときに、その上に振り掛けて乾燥させるしかない。
(1月24日)
 果樹・雑木剪定ゴミ、一部休耕田雑草を野焼き。
(3月16日)
 須賀前の野焼き

<2012年度
(10月16日)
 自宅前の畑や庭の雑草そして夏野菜の残骸などがあちこちに積み上げてあり、これを一輪車で休耕田へ運び、着火。勢いよく燃え上がる。
 公園の草刈りをした雑草が休耕田に積んであり、気持ち湿り気があるが燃えないことはない。これをその上に乗せる。
 この繰り返しで公園の草も順次野焼きしていく。時々棒でかき広げて燃えやすくする。
 ところが、どこかに毛虫がいたのであろう、腕や首が痒くなる。今年は何度もこの被害に遭う。しばし我慢し、野焼きを続行。でも、我慢も限界になり、また、朝7時から2時間半の草刈りの後での野焼き作業につき、疲労感も出てきた。よって、野焼きは2時間半で打ち切り。
 自宅前の畑などはおおよそ片付いたが、公園の草は3割程度しか燃やせなかった。残りは11月にコスモスの片付け後に燃やすしかない。
 翌朝、出来た灰を須賀前の畑に持っていってばら撒こうとしたら、灰が広げてあり、たっぷり湿っている。これは、おふくろの仕業だ。火災予防もいいが、天気を見れば分かるじゃないか。
 湿った灰をかき集め、作業着が汚れないよう慎重にダンボール箱に入れ込み、ヨッコラショと持ち上げ軽トラに積み、須賀前の畑へ運搬。
 今後作付け予定のエンドウ、タマネギ、ニンジンの位置にばらまいておいた。良い肥料になる。
(11月22日)
 休耕田のコスモスは、今年は1か所に積み上げるのではなく、コスモスの畝に引き抜いたコスモスと雑草を並べて火を付けてみたが、コスモスの枝が大半燃え残るし、雑草も燃えきらない。よって、コスモスの燃え残りを拾い集めて1か所に積み上げ、休耕田の雑草を足して燃やすことにした。
 灰はどれだけも出ず、後日、庭木の剪定ゴミを燃やしたときに一緒に回収することに。 
(翌年1月23日)
 その後畑から出た雑草や剪定ゴミは12月の時々の雨により年内の野焼きができず、果樹の剪定ゴミとともに本日野焼き。
(2月10日)
 野焼き 庭木剪定ゴミ・庭の草花の枯草
(3月15日)
 須賀前の野焼き

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11.7 タマネギ栽培 [タマネギ]

<2016-17年>
(10月7日)
 農協への苗注文は400本とした。これだけあれば十分過ぎる。
 今年の作付け位置は、トマトと白ナスの畝間で、両サイド(トマト、白ナス畝の半分)から土寄せして畝作りすることになる。
 よって、本日、白ナスを1畝処分し、草引きした後、ビッチュウで畝間を粗起こし。
(10月10日)
 白ナスの畝も粗起こしし、全体に苦土石灰を振る。
(10月13日)
 肥料(鶏糞、種粕、有機肥料粒、牛糞)を振り、小型ビッチュウではつりこむ。
(10月14日)
 両サイドを鍬で土寄せ、テンワで整形。
(11月6日)
 細かい草が生えており、テンワで削り。
(11月7日:苗植え付け)
 今日、苗が届いた。早速植え付け。
 できることなら、10m強の畝にぴったり植えたい。最初は12cm間隔・5列植え。100本植えて、どんなものか歩幅で測ると、これでは納まりが付かない。そこで、10cm間隔6列植え。半分植えて、まだ納まりが付かない。今度は8cm間隔7列植え。100本植えて、ちょうど良さそうは感がしたが、残り50本ほどになったところで、余白ができそうになった。10cm間隔6列植えに戻し、密になり過ぎている所から引き抜き、ちょうどピッタリに納める。
 最初から、もうちょっと計算してから植えればいいのに、である。
 ところで、土が乾いている。これでは小さな苗は枯れるだろう。明日は夕方から小雨との予報だが、数ミリは降ってほしい。
(11月8日)
 お昼頃から小雨が降ったり止んだり。わずか2.5ミリの雨だったが、これで小さな苗も根付いてくれよう。(11日に18.5ミリの雨。これで完璧。)
(12月19日)
 目立つ草を引き、細かな草は指でかき混ぜる。
 防寒と雑草抑えに籾殻をたっぷり撒く。
(3月5日)
 畑起こしの小休止として、ていねいに草引き。
(3月15日)
 東法面は先日畑起こしのときに草叩きした。今日は西面を削り上げ。

<2015-16年>
 例年、11月第1週辺りに農協へ注文していたタマネギ苗が届く。注文は300本。後で気がついたが本数を勘違い。500本は要る。
(10月18日)
 そろそろ須賀前の畑で、その植え付け準備をせねばならない。予定している畝は昨年と同様に白ナスの跡であり、本日、白ナスを最終収穫し、引き抜いて処分した。
 まずは、畝に生えている雑草をテンワ(手鍬)で叩き、両サイドへ退ける。昨年はこれを畝下に埋め込んだが、労力がいるから、そのままで堆肥化させることに。
 次に、全体に苦土石灰を振り、畝の半分(西側)を鍬を使って、やや広めのくぼみを作り、肥料の敷き込みを行う。肥料は、鶏糞、有機肥料粒、種粕、化成である。これを埋め戻し、今度は畝の半分(東側)も同様にしようかと思ったが、少し楽をしようと、混合肥料を先にばら撒いて小型ビッチュウではつり込むことにした。この方が多少は楽だ。ただし、肥料が表面に偏ることになるが、植付けまで日にちがあるし、タマネギなら深く根を張るものではなかろうから、これでいいだろう。
 最後にビッチュウで畝の法下を軽くはつり、鍬で寄せを行い、粗整形の台形の畝が完成。
 本日これまで。畝幅は昨年と概ね同程度になったであろう。
(10月22日)
 草木灰を畝全体にばら撒く。
(11月6日)
 昨日、JAに注文しておいたタマネギ苗300本が届いた。生産者が違うのか、2束は大きめで色が薄く、1束は小さめで色が濃い。
 本日早朝、植え付け。概ね10cm間隔(物の本によれば9センチ間隔と書かれている。なお、隣の畑の専業農家の方は12cm間隔で黒マルチ)で6列植え。これで畝の両サイドに十分な余地も取れた。
 物の本によれば浅植え(2~2.5センチの深さ)にせよとなっている。これは、ネギと一緒で葉が分かれ出ている部分は地上に出せということだろう。これを頭に置いて、畝の両サイドから3列分ずつ指で穴を空け埋めていく。
 畝の長さは10m強あるから、北半分ほど植付けできただけ。あと250本は苗がいるから、午前中にJAの売店へ行った。苗は4種類売っており、極早生、早生、12月まで保存可能なもの、2月まで保存可能なもの(昨年行ったときは3月まで保存可能なもの)とあり、早生、2月まで保存可能なものの2種類を購入。
 南に早生50本、中央に2月まで保存可能なもの200本を植え、区切りで少し空け、ちょうどいっぱいになった。
 今日は暑いが、明日は曇がちで、その後は3日間も雨模様だ。植付けにはちょうど良かろう。
(11月23日)
 順調に皆、根付き、成育中。細かい草が生えてきているので、丹念に引く。籾殻をたっぷり撒き、雑草防止と冷え込み防止。
(2016年2月12日)
 けっこう雑草が生えており、草引き。なお、モグラが土を盛り上げた所が2箇所あり、土除けしたり押さえたりしておいた。
(3月27日)
 けっこう雑草が生えており、草引き。
(5月16日)
 けっこう雑草が生えており、草引き。ネギ坊主ちぎり。
(5月25日)
 いっぱい出ているネギ坊主をちぎる。早生を4株初収穫。
 今年は枯れるものはほとんどなかったが、皆、出来が悪い。大きな玉にならず、クズっぽいものが大半だ。
(6月3日)
 全部収穫。自宅の庭先で日に干す。大きな玉にならなかった原因は不明。評価は★★☆☆☆
(6月4日)
 大きそうなものを半分絡げて軒下で干す。
(6月5日)
 小さい残り半分は、茎と根を切り、苗用トレイに入れ、日干し。

<2014-15年>
(10月31日)
 農協へ注文するのを見逃し。苗はどこかで確保するとして、そろそろ須賀前の畑で、その植え付け準備をせねばならない。予定している畝は昨年と同様に白ナスの跡であり、先日、白ナスを最終収穫し、引き抜いて処分してある。
 本日、準備作業を行う。まずは、畝に生えている雑草をテンワ(手鍬)で叩き、雑草と枯れ草をイチゴの畝側に退ける。
 次に畝の半分(西側)を鍬を使って、やや広めのくぼみを作り、肥料の敷き込みを行う。肥料は、今、退けた雑草と枯れ草、苦土石灰、牛糞、鶏糞、有機肥料粒である。けっこう草が入ったから、有機肥料3種は軽めにした。
 これを埋め戻し、今度は畝の半分(東側)も同様にくぼみを作り、草以外の肥料を気持ち多めに撒いて埋め戻す。畝の中央部分は肥料敷き込みできていないが、玉ねぎが成長すれば根が伸びるであろうから、これでよかろう。
 最後に、テンワで畝の整形。東のイチゴの畝、西のニンニクの畝との間をテンワでさらえ、気持ちかまぼこ型の台形の畝に仕上げた。上出来、と自画自賛。畝幅は昨年とだいたい同程度になったであろう。
(11月10日)
 今日、お隣さんに農協へ注文していたタマネギ苗が届いた。ということは、やっぱりうちは注文忘れだ。そこで、JA売店に行き、苗を買うことにした。
 いやー、参った。苗が数種類もある。そこで、3種類を買った。まず、早生。4月下旬に収穫できるとある。これを100本。次に、6月上旬収穫で12月まで保存可能なもの300本。最後に、同上、3月まで保存可能なもの100本。これを多くしたかったのだが、苗がいかにも古いものであったから、1束に止めた。
(11月11日)
 今朝、植え付け。南に早生100本、中央に12月まで保存可能なもの300本、北に3月まで保存可能なもの100本で、ほんのわずか空きができただけ。
 概ね10cm間隔で6列植え。畝の両サイドに十分な余地を取ることができた。
(2015年1月25日)
 早生は元気が良く、歯抜けはほとんどない。
 しかし、それ以外は半分強が歯抜けとなっている。こんな経験は今までにない。いつも通り農協へ注文しておけばよかったのに、である。
 これはきっと12月の冷え込みでやられてしまったのだろう。そこで、草引きをした後で、籾殻を1つかみずつ株周りに敷いておいた。もっと早く気がつけば防げたかもしれない。
(3月28日)
 生き生き元気になってきた。雑草が目立つ。畝の草引き。畝間の草叩き。
(5月10日)
 枯れなかった早生品種も、大きくて中玉、大半は屑っぽい小玉にしか育たなかった。数日前に数玉収穫し、今日は半分を収穫。残りは今週末にでも収穫しよう。
(5月16日)
 早生タマネギを全部収穫。自宅の庭先に干す。
(5月18日)
 夕方から雨の予報に付き、こうえ(別棟)の軒先で干すことにした。
(6月7日)
 普通のタマネギの収穫。何とも出来が悪い。大不作。
 自宅の庭先でムシロに干しておいた。
(6月14日)
 晴れの日は庭先へ、雨の日は倉庫へと移動させ、本日4個絡げにして、こうえ(別棟)の軒下にぶら下げる。小さなものは女房渡し。
(2016年5月)
 少量しか採れなかったので、全部自家消費としたが、それでも十分足りた。
 残りの多くが芽吹いてきて、一部を処分。

<2013~14年の栽培記録>
(10月26日)
 準備作業を行う。白ナスの跡に苦土石灰を振って大型ビッチュウで起こす、ということになるのだが、自宅から持ってくるのを忘れ、畑の物置に置いてある小型ビッチュウを使うことに。少々浅くしか起こせないが、これもでよかろうと横着を決め込む。
 起こし終わったら、小型ビッチュウで平に均し、ロープを使って80cm間隔の筋を付ける。これがタマネギ苗を植える場所となる。
 次に、小型ビッチュウで植え位置の土を除けて浅め広めの谷を作る。
 ここに、下肥えとして有機肥料ペレット、牛糞、鶏糞、種粕を適当量撒く。なお、昨年は酸化鉄(使い捨てカイロから取り出したもの)を適当量撒いたが、今年は在庫がなくて省略。(酸化鉄は、芋がそうだが、鉄分が十分あると腐りにくいとのことで、タマネギにも、あれば入れることにしている。)
 再び小型ビッチュウを使って土を戻す。最後に畝立て。
 ロープで付けた筋が消えてしまったが、目分量でいく。鍬で土寄せし、台形のベッドを作る。少々歪みができたので、再びロープを張り、筋を付ける。
 仕上げとして、再び鍬で土寄せし、台形のベッドを気持ちかまぼこ型に整形し、畝立てを完成させる。
 けっこう面倒な畝の立て方だが、今年から化成肥料を使わず、有機肥料だけとしたから、こうするしかなかろうというもの。
 例年、タマネギの植え付けはおふくろがやっており、株間を広く取って、たぶん化成肥料をしっかり撒いていたであろうから、タマネギが大きくなり過ぎて保存性が悪くなり、酷い年は半分は腐ってしまっていた。
 よって、おふくろが須賀前の畑へ行かなくなった一昨年は小生が植付けをすることになり、少し小さめのタマネギにならないものかと施肥を控え、また、株間を狭くした。
 そしたら、それが成功し、適度な大きさのもの(少々小さ目のものも)が収穫でき、ほとんど腐りが来なかった。株間は、物の本によれば9センチ間隔と書かれているが、9センチというとけっこう狭い。一昨年は約12センチ間隔とし、昨年は約10センチ間隔としたのだが、幾分小さくなった気もするがほとんど変わりはなく、今年も昨年の例に習おう。
 苗の本数は例年200株としているが、昨年から5割り増しの300株とした。
 200株では自家用が絶対的に不足するからである。なお、一度、普通種と赤玉を半々にしたが、赤玉は表皮が紫色で、これはこれで料理に適するのだが使い道が限られ、腐りも多いから赤玉の栽培は1回きりで止めた。
 苗が届いたら、早速植え付けすることにしよう。
 ところで、畝幅を昨年より広く取ってしまった。昨年は4列植えであったが、今年は余裕を持って6列植えができる。これでは畝が余ってしまう。JA売店で苗を追加購入することになろう。
(11月6日)
 昨日、注文しておいた苗が300本届き、早く植えろとおふくろがやかましい。よって、今朝植え付けすることにした。夜半に小雨との予報だからちょうどいい。
 株間10センチで6列植え。物の本によると、浅植え(2~2.5センチの深さ)と書いてあり、これに従ったが、3センチぐらいになったものもあり。昨年は3センチ程度としたが、何ら問題がなかったから、これでよし。
 畝が4割空いたから、あと200本植えられる。
(11月8日)
 150本をホームセンターで追加購入し、5列植え12センチ間隔程度に植え付け。なお、長く陳列されていた残り物の苗で、あまりパッとしない。細かいものも多い。
(11月14日)
 いずれの苗も順調に根付いたようだ。一安心。
(11月24日)
 後植えの苗がグッタリしており、果たしてうまく生育するか少々不安。
 追肥代わりに草木灰を全体に薄く振っておいた。明日は雨だからうまく浸み込むだろう。
(2014年2月12日)
 真冬の寒さで、元気がない後植えの苗が枯れてしまわないかと心配であったが、一部歯抜けになったものの大半は何とか生きてくれている。
 雑草がけっこう生えだしてきたので、丹念に草引きを行った。
(2月26日)
 今日も雑草を抜いた。小さな草が所々にあっただけ。
(5月20日)
 例年より10日ほど早く、昨日大きいものから収穫し、新タマネギをオニオンスライスにして食べ始めることにした。なお、昨日は2玉収穫。
(6月1日)
 茎折れし始め、そろそろ収穫時期に。まだシャンとしているものを残して、約半分を引き抜き、天日に干しておいた。
(6月3日)
 2日前に引き抜いて畑で干しておいたものを今朝回収し、自宅の庭先で干すことにした。今日は店が忙しく、明日の朝まで畑に放置しておいたら、ひょっとして雨で濡れてしまうかもしれないからだ。
(6月5日)
 昨日、おふくろが葉切りし4玉ずつ絡げた。今朝、こうえ(別棟)の軒下にぶら下げる。
(6月8日)
 残りを本日収穫し、自宅の庭先で干しておくことにした。
(6月11日)
 早速おふくろが葉切りし4玉ずつ絡げたが、3日間天日に干してから軒下にぶら下げた。
(2015年5月11日)
 大きい玉から順に食べていったからか、腐りはほとんど出なかった。まだ少し在庫あり。

<2012年の栽培記録>
(11月9日)
 11月5日に届いてから4日目のタマネギ苗であるが、日陰になっている軒下に放置しておいてよさそうなものを、おふくろが神経質すぎるほど保管に気を使って、苗を広げて水を打ったりヨシズで覆ったりしていた。
 11月9日に、これを寄せ集めて須賀前の畑へ持って行き、植付け作業に取り掛かった。1畝に4列植えつけた。少々余りが出たので、クズ苗を第5列目に10数本植えつけて、作業完了。
 ところで、昨年、おふくろは農薬オルトランを振っておけと言ったが、タマネギが虫に食われることはなかろうと、これは使用しなかったが、何ら問題はなく、今年も農薬は使わなかった。
<2013年の収穫記録>
 初収穫は5月28日。大きい玉から順次少しずつ収穫。
(2013年5月28日撮影)
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(6月2日)
 大きそうなのを3割程度引き抜いた。なお、収穫したタマネギは、1、2日庭に干し、その後、結わい付けるよう、おふくろに頼んでおいた。
(6月8日)
 おふくろの結わい付けが遅れ、一昨日行ってくれた。昨年までは4個絡げであったが、今年はなぜか2個絡げ。今日、それを風通しの良い“こうえ(別棟)”の軒下にぶら下げた。
 そして、畑のタマネギは多くの葉が倒れてきているので、大半を本日収穫。残したのは約1割で、まだ小さな玉で葉が倒れていないものである。
(6月11日)
 おふくろが9日に今度は4個絡げにして母屋にぴったりくっ付けて日陰干ししている。“日に当てなあかん”と50cm程離し、日が当たるようにしたが、さて、そのままにしておいたかどうか。1週間ほど前もそうであったが、直ぐに日陰干しにしてしまった。
 そして、今朝、見に行ったら、庭にタマネギがなく、母屋の北側を覗いたら、例年干している棒に掛けてあるではないか。ここは地面が湿っており、また、地面から1mもない低さであるから、半分は腐ってしまう(例年、大きな玉に成長していたことも原因)という条件の悪い場所だ。よって、これを“こうえ(別棟)”の軒下に移動させた。
(6月17日)
 昨日、残りのタマネギを引き抜き、畑で干すことに。“梅雨のずる休み”により、よく乾くだろう。(17日撮影)
DSCN0169.JPG

(6月18日)
 今晩から雨との予報で、朝、自宅へ持ち帰り、おふくろに昼までは干しておくよう話をした。
 なお、昨年は200株、今年は300株であるから、自家用(一部贈答)として春まで食べられそうだ。
(21014年4月30日)
 贈答用には使わなかったが、見込みどおり春までもってくれた。ただし、4月中頃には10個中2個程度が芽吹いており、今日は最終であるが半分ほどが芽吹いていた。
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11.7 冬の草花苗をプランターに植え込み [プランター・鉢植の草花]

 ここ何年かは、11月初めのセールで進呈した残りのアザレアなりポインセチアを店頭に並べ、その残りがだんだん少なくなったところで、パンジー・ジュリアン苗をホームセンターで買ってきて、小型プランター10数鉢に植え込みして飾り、並びきらなかった鉢は自宅で養生してきた。
<2016年>
(11月7日)
 粗品用のポインセチアが残り10鉢となり、花壇に空きが出てきた。今年は、夏越ししたベゴニアが少なく、ナデシコを買ったりしたが、それもダメになり、去年より早くパンジー苗を16株買い、8プランターに植え付けた。うち6プランターを8日から店頭に飾ることに。
(11月20日)
 2日前に買ったジュリアンを4プランターに植え付け。
(12月16、24日)
 シクラメン、ミニ葉牡丹の鉢植をJAで買い、店頭に飾る。
 
<2015年>
(11月19日)
 粗品用のアザレアが少なくなり、店頭には、今まで飾っていたベゴニアと日々草を置いたが、ベゴニアは夏の暑さが済んで生き生きしてきて花をバンバンに付けており、鑑賞に堪えうるが、日々草は盛りをとうに過ぎた。
 そこで、パンジー苗18本とジュリアン苗4本をホームセンターで買ってきて、小型プランター1に2本ずつ植え込み、11鉢を作った。
 日々草は処分し、並びきらない鉢とベゴニアの鉢はショーウインドの前に置くことにした。
 ジュリアンは値が張り、かつあまり長くもたないから2鉢にしたが、パンジーも育ちが悪いものが出てくる。年末頃には追加で何鉢か作らねばならないだろう。

<2014年>
(11月20日)
 パンジー苗をホームセンターで買ってきて、小型プランター12鉢に植え込み。
 以前はパンジーとジュリアンを半々にしていたが、ジュリアンはあまり長くもたないし、値が張るから、今年はパンジーだけにした。
 時期が時期だから、ずべっと全部入れ替えたほうがいいかもしれないが、ベゴニアはここに来て花をパンパンに付けてきたので、元気がいいベゴニア3鉢は残すことにした。
 
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11.6 エンドウの種蒔き [エンドウ]

 毎年栽培している絹サヤエンドウの種蒔きは、おふくろが言うには11月1日が良いとのこと。ところが、2012年にそうしようとしたところ、お隣の専業農家の老主人から、昔と違って最近の11月・12月は暖冬気味だから、ちょっと遅らせたほうが良いとアドバイスを得た。冬越しさせるには、少々背が低い方が雪が降ったときに痛まないからとのこと。
 そこで、2012年は月初めが大忙しであったこともあって11月9日に種蒔きをしたのだが、11月・12月が例年より寒く、どれだけも生育せず心配するも、翌春暖かくなってからグングン成長し、遅れを取り戻してくれたから安堵したところである。
 それ以来、遅らせ気味で種蒔きすることにしている。

<2016~17年>
(10月10)
 そろそろエンドウの畝作りをせねばならない。場所は白ナス跡を予定していたが、今年は成績が悪いもののまだ少しは収穫できるから、少し位置をずらして白ナスの直ぐ際に用意することにした。
 そこで、まず草引きを行い、ビッチュウで粗起こしし、苦土石灰を振っておいた。
(10月13日)
 肥料(鶏糞、種粕、有機肥料粒、牛糞)を振り、小型ビッチュウではつりこむ。
(10月14日)
 畝の西側は白ナスがあり、東側だけ鍬で土寄せ。
(10月15日)
 白ナスを処分し、白ナス畝の東面を崩しながら土寄せし、畝整形。 
 寄せ集めた枯草をエンドウとタマネギの幅広の畝間に埋め込み。
(11月6日:種蒔き)
 かすかに草が生えており、テンワで削り込む。次に、テンワで峰に窪みを作り、牛糞を少々入れ、手で埋め戻す。
 ここで、種を峰に乗せ、種を置いていくのだが、2016年産の種が不足気味である。
 例年の密度は約25cm間隔でもって4粒を1~2cm間隔だが、昨年は約20cm間隔でもって5粒を1cm間隔で横に並べた。
 今年は、ブログ記事を見てこなかったので、多分こんなもののだろうと、約20cm間隔で3粒を2cm間隔で並べたところ、数粒不足。2015年産の予備はなく、2014年産の予備があったので、もう1粒ずつ置いていき、若干の残りが生じた。2年前の種ではあるが、2014年に2年前の種で十分発芽したから、これでよし。
 最後に、手で種を押し込み、少々覆土し、手で軽く転圧。
 土が少々乾き気味だが、2日後に一時雨の予報だから、ちょうど良かろう。
(11月26日)
 綺麗に芽吹き、まだまだ小さいが順調に生育中。
(12月26日)
 10cmほどに生長し、倒れないでいる。ちょうどいい大きさだ。

<2015~16年>
(10月13日)
 そろそろエンドウの畝作りをせねばならない。そこで、今日実施することに。
 場所はトマトの跡であり、雑草がけっこう生えている。先ず、テンワ(手鍬)で削り落とす。1時間はかかった。
 次に、苦土石灰を振ってから畝の峰を軽く溝立てし、牛糞を撒き、手で混ぜながら雑草の大きな根っこなどを取り除く。この位置に種蒔きし、当初の肥料は牛糞のみてある。
 最後に、法面の中腹(両サイド)に溝を掘り、混合肥料(鶏糞、種粕、有機肥料粒、化成)を入れ込み、鍬で埋め戻して終了。
 これで、種蒔き準備が完了し、追肥不用にした。
(10月22日)
 草木灰を畝全体にばら撒く。
(11月7日:種蒔き)
 今年の11月は暖かいとの予報から、種蒔きを遅らせてよいが、明日から3日間は雨模様だから、本日種蒔きすることにした。
 まず、西隣のタマネギの畝整備で出た雑草の枯草がエンドウの畝の際にせてあり、これをテンワ(手鍬)と鍬で土を被せ、堆肥化を促進。併せて、エンドウの畝の整形。
 東隣のイチゴの畝、西隣のタマネギの畝のちょうど真ん中にエンドウの種を蒔くことに。テンワで押さえて溝を作ったものの若干西寄りとなり、指で7、8cm東に溝を立てながら、エンドウの種を置いていく。
 昨年は、例年どおりの方法<おふくろがやっていたやり方である“サンダルで足跡をつけて、1箇所に4粒蒔け”>に従って約25cm間隔でもって4粒を1~2cm間隔で横に並べたが、収穫時に少々まばらな感がして、今年は、約20cm間隔でもって5粒を1cm間隔で横に並べた。これで昨年の種がドンピシャリ足りた。
 最後に土を被せて軽く押さえ、種蒔き終了。
(11月25日)
 その後、皆きれいに芽吹いている。昨年より5日遅れの種蒔きであったがためか今年は昨年より少々小振りだが、これで充分に冬越し可能だ。
(12月6日)
 細かな冬草がけっこう生えている。畝の両サイドを削り上げ。
(12月28日)
 11月、12月が異常に暖かく、大きく生長し、風で倒れている。
(1月15日)
 1月に入っても暖かく、エンドウが30cm程度に生長し、倒れて伸びている。
 来週に寒波が来て雪も降ろう。そこで、急きょ思い立って、エンドウを立ち上げて垣根を早々に作ることにした。
 昨年は、2月1日に鳥害防止のため防虫ネットを張り、3月22日に垣根作りと、例年どおりであった。
 鳥害のことを忘れており、このブログを打つ段になって気が付いた。
 今年は、2月に鳥に突かれるかもしれないが、随分と生長しているから、突かれても若干の生長遅れで止まるだろう。
 垣根作りの詳細は次のとおり。
 まずは、東側に細く短い支柱を1.5m間隔程度に差し、ビニール紐で倒れたエンドウを起こしながらビニール紐を張っていく。
 次に、エンドウが西側にお辞儀した格好になったので、気持ち上向きになるよう、ビニール紐を張っていく。
 これで、取りあえず立ち上がらせることができた。
 続いて、金棒で50cm弱の間隔で株元より気持ち東側に穴を開け、太目の中程度の長さの支柱を差し込んでいく。そして、上部をビニール紐で連結させる。
 最後に、魚網を張っていく。2、3年前にピッタリの長さに切っておいたから、綺麗に張れた。これで、エンドウが伸びれば西風で魚網に押し付けられ、ツルが魚網に巻きつき安定する。
 これにて、作業完了。
 ところで、このブログの過去記事を見ないで記憶だけで行い、失敗をしてしまった。それは支柱の間隔である。支柱の在庫本数とのからみがあり、また強風で傾かないよう、50cm間隔とするべきであった。(4月30日追記:強風で傾いたから。もっと密に支柱を立てたほうがいい。)
(1月28日)
 1月25日に最低気温ー5.0度と冷え込んだ。近年では4年前の2月3日のー5.0度に次ぐ。また、1月20日に積雪9cm、25日に3cmを記録した。でも、エンドウは大丈夫だった。
 ビニール紐でエンドウを支えて立ち上がらせてあったが、一部は西側を這っている。そこで、どれだけか堆肥化しかけた藁を株元に置き、立ち上がらせておいた。
(3月20日)
 随分伸びた。東面にビニール紐を2段張って倒れないようにした。
(4月3日)
 両側にビニール紐を張り、倒れないようにした。
(4月12日)
 例年になく上へ上へと伸びていく。冬越し時に背が高かったからか。
 初生りをほんの少々収穫。今年は意外に早い。
 ・エンドウ初収穫以降の収穫記録は、「エンドウ収穫時期の経年変化」の記事
(4月16日)
 初生りの4日後の今日もほんの少々の収穫であったから、初生りが格別早かったわけでもなさそうだ。(その後は、19日に少々。)
 まだ上へ伸び、垂れ下がりや軸折れが目だつ。先日緩く張ったビニール紐を支柱にくくりつけたり、部分的に新たに張ったりした。
 ところで、東のイチゴとの畝間が狭すぎた。エンドウが千切りにくい。来年は畝の位置決めを考えねばいかん。
(4月30日)
 昨日は強風が吹き荒れた。岐阜気象台で18.8m(北西)を観測。垣根が全体に少々傾き、東側からはより千切りにくくなった。また、エンドウの上部が折れたので、ビニール紐を張り、持ち上げておいた。
(栽培結果)
 例年どおり十分に収穫(評価★★★★☆)できたが、イチゴとの畝間が狭く、垣根が傾いたこともあって収穫しずらかった。
 なお、来年は種取り区画をきちんと防鳥ネットで囲わねばいかん。
(5月31日)
 垣根壊し。残骸は畝間に後日埋め込むことに。
(6月11日)
 エンドウの残骸とともに畝間に入れたイチゴに敷いた刻み藁とを本日鍬で土寄せし、埋め込む。

<2014~15年>
(11月2日:種蒔き)
 今年は11月9日(日)が種蒔きすると良さそうだが、今日2日(日)は時間があるので、種蒔きすることにした。
 なお、今年取れた種はわずかであり、陰干ししたままでサヤも外してないから、それは使わず、2年前の種を使うことにした。
 場所は白ナスの跡であり、既に引き抜いて処分してあり、雑草も削ってある。畝をそのまま使うと、隣のニンニクに近すぎ、収穫時に支障があるから、少々離して種蒔きする必要がある。よって、西側のサツマイモの土を鍬で寄せ、テンワ(手鍬)で大雑把に整形。
 本格的な施肥は来春に行うことにし、今日は種蒔き位置の下に牛糞を敷くことにした。そこで、鍬で溝立てし、牛糞を撒き、鍬で埋め戻して、テンワで畝を整形。
 約25cm間隔でもって4粒を1~2センチ間隔で横に並べ、少し押さえて種を置く。並べ終わってから、1cm強押し込んで、土を寄せて蓋をして、お終い。土がジットリ濡れているから、例年とは違った方法をとった。
(11月20日)
 ほとんど皆、きれいに芽吹いている。本日、野焼きしてできた草木灰を列の東側に施肥。
(11月30日)
 たばこの箱が85mm。ほぼその大きさに生長している。もう少し大きくなって冬越ししてくれるが、年内にあまり大きくなると雪が降ったときに軸折れするから、この程度で生長が止まった方がいい。
DSCN0363.JPG

(12月末)
 その後、少し生長したが、ほど良い大きさであろう。
(翌年2月1日)
 鳥害に備えて防鳥ネットを張ることにした。
(別記事)
(3月16日)
 随分大きくなり、防鳥ネットを外して、支柱立てをそろそろせねばならないが、自宅前の畑のホウレンソウに鳥がたかっており、エンドウに被害があっては大変だから、もう少し様子をみることに。
(3月22日)
 本日、防鳥ネットを外し、支柱立てと魚網張り。今年も遅がけの垣根作りとなった。
 昨年以上にエンドウが随分成長しており、一部ネットにつかえている。
 作業手順は昨年どおりだが、昨年の記事を見ていなかったので、せっかくの反省文を生かせなかった。
 支柱の間隔を狭くしてしまい、夏野菜用の支柱が不足することになろう。そして、ビニール紐張りは上段1列で良かったものを無駄に下段にも張ってしまった。
 また、魚網を張るのだが、昨年使用したエンドウ専用のものではなく、予備用のものを引っ張り出してきたため、長すぎてしまい、現場で切らねばならなかった。加えて、支柱の差込穴を作るための鉄棒を持って行くのを忘れ、戻って取りに行ってくるというお粗末も。
 何のためにブログ記事を書いているのか、これではなんにもならない。お恥ずかしい限り。
 さらには記事にするのを2日間も忘れていた。
 今年の特記事項をメモしておこう。
 鳥害防止のためネット掛けをしてあったのだが、ネットの長さが足りず、数十cm分はむき出しであったものの鳥害は全くなかった。無駄な防止策になってしまったが、キャベツでネット掛けできなかったものは葉先を突かれていたから用心に越したことはなかろうというもの。
 昨年以上にエンドウが随分成長していたために、ネットを外したら畝の3mほどが支柱とは反対側に寝てしまったので、全体を魚網にもたせかけ、ビニール紐を張って寝ないようにした。
 なお、昨年までは同時に追肥もしたが、今年の施肥は当初の有機肥料の敷き込みだけとし、簡略化した。そして、昨年までは雑草退治もしていたが、自然農法では「雑草は味方である」とのことだから、毛嫌いせず、生えるに任せることにした。幸い雑草は小さく、エンドウが負けることはないから放任することに。
(3月29日)
 草木灰を東面にばら撒く。
(4月9日)
 両面にビニール紐張り。
(4月18日)
 東面にビニール紐張り。そろそろ初収穫できる。
(栽培結果)
 春、暖かくなってからグングン生長し、大収穫。
(撤去作業=6月7日)
 完全に枯れ枯れになっており、本日、垣根壊し。まずエンドウの倒れ防止ビニール紐を切り取る。そして、枯れたエンドウを引き抜き、それを西のサツマイモとの畝間に敷き、雑草抑えにした。
 次に魚網を絡げてあるビニール紐を切り取り、支柱を引き抜く。そして、魚網を長い角型ダンボールに順々に巻きつけて終了。

<2013~14年>
(10月27日)
 白ナスの跡を予定しており、今年は、白ナスが順調で遅くまで収穫できていて、今日最終収穫とし、直ぐに引き抜き、準備することにした。
 時期が同じ頃となるタマネギ苗の植え付け畝と隣になり、連続作業で行った。
 まず、全体に苦土石灰を振り、ビッチュウで起こす。
 次に、小型ビッチュウで平らに均し、ロープで1本筋を付け、その筋を残しながら、浅く谷を掘る。その谷へ、有機肥料ペレット、牛糞、鶏糞、種粕を撒く。
 そして、跳ね除けた土を戻し、概ね元通りにする。
 筋を目標に鍬で土寄せし、かまぼこ型にして畝作りは完成。
 なお、今年から化成肥料は全く使用せず。よって、少々面倒な畝の立て方となるが止むを得ない。
(11月3日)
 今日、種蒔き。昨年とほぼ同様なやり方である。
 先ず、テンワ(手鍬)で畝の上面を軽く均した後、クワで押さえて平らにし、サンダル1足分の間隔でもって4粒を1~2センチ間隔で横に並べ、少し押さえて種が転がらないようにした。そして、畝下から土を取り、手でほぐして適当に掛け、再度クワで軽く押さえておいた。
 ところで、今日、隣の畑の方(専業農家)も種蒔きしてみえた。自家消費の分だけにつき、種は購入したもの。種の蒔き方は、うちは4粒を横に並べるが、隣の方は四角形+1粒のようだ。
(11月21日)
 順調に芽吹き、まだまだ小さいが順調に生育中。所々犬に土を掘られたところあり。1か所被害。根が浮き上がったものを生え損なった箇所に移植。
(11月24日)
 畝の法面に草木灰を散布。土寄せはもっと成長してから。
(12月22日)
 11月の低温がたたったのか、例年より小さな姿での冬越しとなる。
 雑草がけっこう生えてきているので今日簡単に草引きをした。
(栽培結果)
 春、暖かくなってからグングン生長し、大収穫。

<2012~13年>
(11月9日)
 今年も昨年と同様に11月5日頃に種蒔きしようとしたのだが、葬儀の手伝いが3件続き、その間に選挙がために丸一日投票所に詰めたりで、今日11月9日に、やっと種蒔きすることができた。
 昨年は、種蒔きが初経験で、おふくろに聞くと、“サンダルで足跡をつけて、1箇所に4粒蒔け”とのことであったから、それに従ったものの、今年は別の方法を取ることにした。
 先ず、テンワ(手鍬)で畝の上面を軽く均した後、クワで押さえて平らにし、サンダル1足分の間隔でもって4粒を1~2センチ間隔で横に並べ、少し押さえて種が転がらないようにした。そして、クワで適当に土を掛け、再度クワで軽く押さえて芽吹きやすいようにしておいた。
 なお、昨年は、種を埋め込んだ後で万田酵素を噴霧したが、今年は省略。
(11月25日)
 今年の11月は平年より気温が低く、芽吹きが遅れている。種蒔きが遅れたこともあって、やっと少々地上に頭を出し始めた程度であり、これで冬が越せるのか気になる。
(12月2日)
 地上に出ている青葉は1センチ程度。もうどれだけも成長は期待できないであろう。元気に冬越ししてくれるよう、万田酵素を噴霧しておいた。
(翌4月4日)
 今年は2月に鳥害に遭い、芽や葉っぱが齧られ、特に畝の南の方が被害がひどかった。そこで、急ぎ虫除けネットを引っ張り出してきて、これを代用し、トンネル掛けした。ただし、ネットの幅が足りず、4株は被せることができなかった。その4株はその後もかなり鳥に突かれた。
 でも、ネットなしの4株も、春の暖かさで芽や葉が伸び始め、鳥害は終わっているのが分かった。そして、ネットを被せてある株もグングン生長し、3月末にはネットにつかえるようになった。
 そこで、本日4月4日、ネットを外し、垣根作りを行うことに。例年、風で支柱が傾くことが多いので、昨年は支柱の間隔を約30センチと狭くしたが、他の夏野菜用の支柱が不足してしまい、今年は約40センチ間隔とした。
 鉄棒で穴をあけ、支柱を差し込む。ビニール紐での結わい付けは、例年3段としているが、今年は2段にした。そして、荒目の魚網ネットを張る。
DSCN0106.JPG

 次に施肥。東側は、既に種粕と動物残渣ペレットを施肥してある。今日は、西側を溝立てし直し、種粕と牛糞を施肥して十分に土寄せ。なお、今年から化成肥料を使わないことにしたから、牛糞はたっぷり使った。
 例年、エンドウは、4月20日頃から採れ始め、ゴールデンウイーク前後の間がピーク。今年は鳥害で生長遅れしているから、はたしてどうなるか。
(4月23日)
 エンドウが随分と成長しだし、花盛りに。4月半ばに一部が風で倒れており、部分的にビニール紐でくくったが、今日見てみると、幸い倒れているものはなかったが、全体をビニール紐でくくり、倒れないようにしておいた。一部に実が生っていたが、今年は4月の低温傾向で収穫は遅れそうだ。
 
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(5月5日)
 あれからまた伸びて、東側は枝が倒れそうになっている。よって、東面はもう1本ビニール紐でくくりつけを行った。明日は、かなり収穫できそうだ。
 その後、暖かくなってからグングン生長し、大収穫。
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