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今日の農作業&12月の農作業 [月別農作業記録]

<2018年>
12.02ショウガ:植わったまま凍み防止措置(刻み藁・枯草乗せ、シート掛け)
  ウド:枯草刈り
  ミョウガ(須賀前):刻み藁を撒く
  越年山芋:シート掛け
  グラジオラス(自宅前):枯草刈り
  畝法面:削り上げ(ホウレンソウ2畝、小松菜2畝、ニンニク、菊菜、ネギ苗、ソラマメ)
12.03山芋の種芋に半分ほどカビが生え、保管のやり直し
12.10柳:枝落とし 
  ピーマン:処分
12.15休耕田に持ち込んである剪定ごみのうち木の葉を果樹園へ搬出
  休耕田コスモス:刈り取り
  休耕田で野焼き、柳の枝も搬入
12.16休耕田で野焼きしてできた草木灰の回収
  ヤーコン:1畝掘り
  ヤーコン:3畝の冬越し仕度
  ジャガイモ:掘るも収穫なし、来春用の畝立て
12.24柿の木:剪定
  梅の木:剪定
  イチジク:囲い撤去
  雑木:伐採
  百日草:垣根撤去
  菊畝:枯草刈り取り
12.31ヤーコン:1畝掘り

<2017年>
12.1エンドウ:ビニールトンネル仕立て
12.3スモモ苗木:植え付け
  イチジク苗木:植え付け
  サツマイモ畝(自宅前):伐根と起こし(1畝)
12.4サツマイモ&メロン畝(自宅前):サツマイモの残骸と藁を入れて畝立て
  サツマイモ&メロン畝(須賀前):サツマイモの残骸と刻み藁を入れて畝立て
12.5苗木:藁を当てビニール袋で覆う
12.9イチジク脇芽1本:掘り起こし移植、藁を当てビニール袋で覆う
  接木トマト畝(自宅前):刻み藁を撒いて起こし、畝立て
  ピーマン跡(自宅前):刻み藁を撒いて枯れ草ごと起こし、畝立て
  グラジオラス2畝新設(自宅前):刻み藁を撒いて枯れ草ごと起こし、畝立て
  ネギ苗場:草引き、籾殻敷き
12.10ヤーコン:冬越し仕度
   自宅前:北東区画:畝間に刻み藁すき込み
   ピーマン跡と晩生枝豆跡:畝に藁敷き込み(南面のみ)
12.11グラジオラス:1畝掘り出し、スギナを徹底除去
   ネギ:1畝収穫<12各地へ送付>
12.12ニンジン:残り半分を収獲し、2箇所へネギと一緒に送付
12.17グラジオラス:草引き
   自然薯畝:グラジオラス跡に新設
   イチゴ:畝の手入れ(刻み藁寄せ集め、藁も少し乗せる)
12.18休耕田で野焼き
   柿の木:剪定
   しだれ梅:剪定
12.22ネギ:1畝収獲(須賀前:収穫終了)
12.24柳:枝落とし
   ヤーコン:第3畝掘り
   エンドウ:いったんビニールトンネルのビニールを外し、草引き。1両日雨に当てる。
   グラジオラス:1/3畝:球根掘り出し、貸し畝づくり
12.25エンドウ:ビニールトンネルのビニールをめくり込みを戻し
   野菜送付第2弾(川口、大阪)

<2016年>
12.4垣根:縮小整備
12.5自宅前畑:拡張整備
  ネギ:土寄せ(自宅前、須賀前)
  花畝:菊を撤去、枯草撤去
  サルスベリ:つっかい棒2本を縛り付け、倒壊防止
  柳:枝落とし
12.10ぶどう苗木:冬越し囲いづくり
12.17野焼き:休耕田11月初め積み上げ分
  ヤーコン:第2畝の1株掘り
12.18ヤーコン:冬越し仕度
12.19タマネギ:草引き、籾殻撒き
  ネギ苗場:草引き、籾殻撒き
  チマサンチュ:畝の草引き
12.25ヤーコン掘り

<2015年>
12/06野焼き:庭木剪定くず
   コスモス:撤去(休耕田)
   ネギの土寄せ
12/13ヤーコン:冬越し4畝
12/17柳:枝落とし

<2014年>
12.02ネギの土寄せ(半畝)
12.12ビニールハウス設置場所の粗整地、植わっていた草花の移植
12.13ビニールハウスの設置位置決め、整地、中に入れるスチール棚の準備
12.15ビニールハウスの骨組み組み立て
<17、18日に降雪。積雪深15cm>
12.19ビニールハウスのシート張り、鉢植の収納
12.21ヤーコンの冬越し作業
  柳の木の枝落とし
12.22防虫ネット外し
12.23ネギ 川口へ送る
12.28ハクサイ:ビニール紐で上部を縛る

<2013年>
12/1須賀前:ネギの土寄せ(両面、ただし西1列は片面)
  自宅前:コスモス片付け、野焼き
12/3みかん、甘夏の剪定
12/8ヤーコン 冬越し4畝 ビニールシート掛け(12月分は無し)
  コスモスと休耕田の雑草を野焼き
12/15柳の枝落とし
12/22ハクサイ ビニール紐で上部を縛る。
12/25ヤーコン1畝掘り(視察あり)

<2012年>
12.9 寒波到来で強風・しぐれ、ヤーコンの冬支度できず
<9日から3日間降雪、積雪深17cm>
12.14 ヤーコン 冬越し4畝 ビニールシート掛け(12月分も簡易掛け)
12.16 柳の枝落とし
12.28 ヤーコン1畝掘り
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柿の木の冬剪定&施肥 [柿]

 小生が生まれる前からある柿の木が3本。少なくとも樹齢70年以上に違いない。それ以外に若木が2本あったが、2012年、2013年とで2本とも切り倒してしまった。どれだけも実が生らず、邪魔になるからである。なお、一番東の若木の跡には2013年にビワを植え、北西の角の若木の跡はタラ(根から芽吹く)を進出させた。よって、柿の栽培は老木3本である。
 柿の栽培については、記事を4本立てにしている。
 「柿の木の冬剪定&施肥」は、このページであるが、他の事項については次のページで記録する。
 柿の木の消毒は2015年から止め!するとヘタムシ被害が激しくなったのだが…
 柿の木の夏剪定と摘果、その後の管理 
 今年の柿の収穫状況

 柿の木の冬剪定は12月から2月で、その間にいつやってもいいようだ。うちでは例年2月中旬にやっていたが、早いに越したことはないと2012年からはできれば1月中に行うようにした。そして、2017年からはもっと早めて12月に実施。
 剪定の方法は、友人が研究して、そのノウハウを伝授してくれたから、それに従っている。
 そのポイントは、枝先を切ると、その枝にはその年は実がならないことを承知しておかねばいかんとのことである。
 あとは我流であるが、上に伸びた新枝は全て切り落とし、これ以上に柿の木が大きくならないようにしている。そして、隣接する他の果樹と枝葉が触れ合わないよう、どれだけかの枝落としをし、込み合っている枝を落としたり、小枝を切り落としたりしている。
 なお、剪定作業は、2012年までは手が届く所は下からやり、届かない所は木に登ってやっていたが、歳をとり、木から落ちそうになることもあるので、2013年からは脚立を多用している。
 また、2011年か12年に、わりと低木になるよう思い切った剪定を行い、柿の収穫に脚立をあまり使わなくてもいいようにした。そして、伸ばせる枝はどんどん伸ばし、つっかい棒で支えることにした。

 次に施肥であるが、柿の木に施肥することはなかったのだが、2005年頃に畑の果樹全部の周りに、それぞれ深さ50センチほどの溝を掘り、大量に有機肥料と相当量の化成肥料を入れ、2010年頃にもそれにどれだけか近い形(深さは20センチ程度)で施肥し、2013年はもう少し浅く(10から5センチ)クワで溝立てして施肥したところである。
 して、その効果はというと、柿については収穫量も甘みも変化はない感じである。でも、施肥した方が良かろうと思って、その後は簡単な方法(肥料のばら撒き)で果樹全部の周りに施肥することにしたのだが、2015、16年は鶏糞と草木灰を撒きすぎたせいか、果樹の中には枯れたり、枯れそうになったものが出たし、柿の木はヘタムシの被害が増えた。
 よって、果樹への施肥はすべて当面見合わせることとしたところである。

<2018年12月>
(12月24日)
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を少々選る。
 昨年、かなり思い切って剪定し、夏剪定も行っているから、ほんの少々の剪定で済んでしまった。
 なお、昨年も少しやったが、枝が粗くしか出ていない個所で、上方に伸びあがった枝がある場合は、隣の枝の下にねじ曲げて横向きにし、収穫しやすくしてやった。

<2017年12月>
(12月18日)
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びた枝であっても、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは昨年同様に思い切って切った。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 木に登っての作業は危なっかしいから、なるべく脚立を多用しようと思ったが、風がほとんどなく体が暖かかった(休耕田での野焼きと同時進行での剪定作業)から、木に登っての剪定がけっこう多かった。
(追記:2018年1月14日、15、19日)
 ヘタムシ駆除のため、樹皮剥きを始めた。そのついでに、不要な老枝を切り取る。コブになった所の皮を削るのにたいそうな時間がかかるので、太い枝も数本切り取り、すっきりさせた。

<2017年2月>
<剪定>
 予定よりだいぶ遅れたが、2月12日(日)朝11時から取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びすぎた枝は、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは昨年以上に思い切って切った。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 今年も、木に登っての作業は危なっかしいから、なるべく脚立を多用。3本で2時間強を要した。
<施肥>
 1月16日に、神社の焚き火の湿った灰・炭を回収し、うち砂利が混ざっているものを果樹園全体にばら撒いた。柿畑にはこれにて将来的に施肥せず。

<2016年2月>
<剪定>
 遅れたが、2月7日(日)朝10時過ぎから取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。込みすぎた箇所は枝を選る。
 横へ伸びすぎた枝は、畑あるいは隣の木の邪魔になるものは切ったが、他はそのままにし、つっかい棒を今年あたり立てようと思う。
 斜め上に伸びている枝振りが良いものは、他の枝の下に入れ込んだりして、実を千切りやすくしておいた。
 今年は、木に登っての作業は危なっかしいから、脚立を多用。3本で2時間強を要した。
<施肥>
 休耕田で野焼きした草木灰が多量にあるが、湿っていて燃え残りもあるから畑には入れられず、これを果樹全般に施肥することにした。2月7日にかなりの量をばら撒いた。今年の施肥はこれで終わり。

<2015年1月>
<剪定>
 1月18日(日)朝8時過ぎから取り掛かった。
 例年どおり上に伸びた新枝は全て切り落とし。横へ伸びすぎた枝は今年は1本落としただけ。柿の木1本約30分、3本で1時間半弱で終了。
<施肥>
 休耕田で野焼きした草木灰を2月にばら撒いてある。3月7日、数日前に入手した米ぬか、そして鶏糞を適当にばら撒き、それら(特に草木灰)を地面に染み込みやすいよう手鍬で叩いておいた。

<2014年1月>
<剪定>
 1月12日に朝10時から剪定に取り掛かった。昨年と同様だ。
<施肥>
施肥は2月17日。たとえ15~20センチ程度でも掘るのは面倒だし、根っこを切ってしまう。そこで、今年初めて使うのだが、鶏糞をばら撒くだけにした。リンが多いから果実に効いてくれるだろう。

<2013年2月>
<剪定>
 下の写真は、柿の木3本のうち並んで生えている2本と離れた場所にある1本で、2013.3.3撮影のものだが、毎年概ね同じ状態に剪定している。
DSCN0068.JPG

DSCN0067.JPG
 
<施肥>
 2月頃に次のとおり施肥した。
 最初に北の木。これは、別棟のコンクリート敷きへ根を伸ばしており、施肥できるのは南側と東側であり、南側だけ2メートル程度に施肥することにした。まず、10~15センチ程度クワで溝立てする。伸びてきている根っこを少々切ってしまったが、新たに根が伸びるだろうから、これで良かろうというもの。次に、施肥であるが、有機肥料ペレット、牛糞、種粕を適当量撒く。そして、使い捨てカイロから取り出した酸化鉄がたくさんあるから、これも撒く。最後に、周りの落ち葉なども埋め込みながら、土を戻す。
 2本目が西の木。これは畑に植わっており、北側2メートル弱と西側2メートル強に施肥することにした。なお、北側には堆肥場があって、そこへ根を伸ばしてきており、その部分は触らずにおいた。まず、15~20センチ程度、伸びてきている根っこを少々切りつつ、クワで溝立てする。次に、施肥であるが、牛糞がなくなってしまい、有機肥料ペレット、種粕、使い捨てカイロから取り出した酸化鉄を適当量撒く。最後に、周りの落ち葉なども埋め込みながら、土を戻す。
 3本目が東の木。これは西の木と隣接しており、北側1メートル強と東側2メートル強に同様に施肥することにした。なお、北側には堆肥場があって、そこへ根を伸ばしてきており、その部分は触らず、堆肥場の上部の堆肥をこの木には併せて施肥した。
 そして、年末に食べた越前蟹のガラが堆肥場の隣に放置してあり、これも入れ込んだ。蟹のガラを入れると柿が甘くなると、おふくろが言う。よって、毎年、蟹のガラをおふくろが柿木の周りに埋めているが、今年は老体ゆえに放置しておいたのであろう。

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無肥料自然農法による野菜の収穫状況(途中経過報告) [自然農法の導入]

別立てブログ「チャレンジ自然農法」で記事にしたものを、このブログで再掲することとします。

 2017年春に知った自然農法「たんじゅん農」。その後、河名秀郎さんが提唱する自然農法や三浦伸章さんの「ガッテン農法」も知り、こうしたものも加えて、それらをよりどころとしながら、自分なりに無肥料自然農法を始めた。ただし、栽培の一部は引き続き慣行農法にし、また、急きょ農薬を使用したものもある。
 自然農法を始めて日が浅いから、まだ、その成功・失敗を論ずる段階に至っていないものの、途中経過報告的に野菜の収穫状況をここに記録しておく。

2018年12月23日現在の状況

<須賀前畑・西から第1畝:サツマイモ>
2012年からサツマイモを連作し、17年は有機肥料を少なめに入れて栽培。
連作によりネコブセンチュウ被害がひどくなり、18年は作付けせず。
代わりにマリーゴールドを栽培し、農薬(ネマトリンエース)を撒いてすき込む。
19年に無肥料でサツマイモを作付け予定。

<須賀前畑・西から第2畝:白ナス>
17年は有機肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うナスだが、18年から無肥料・連作に挑戦。
18年の収穫は前年を若干下回ったが、夏季旱魃での収穫減であり、連作の影響なし。

<須賀前畑・西から第3畝:トマト&ブロッコリー・カリフラワーの二毛作>
17年トマトから無肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うトマトだが、18年無肥料・連作トマトの収穫は前年を若干下回っただけ。
ブロッコリー・カリフラワーは無肥料ながら17年・18年とも極めて順調で豊作。

<須賀前畑・西から第4畝:メロン&大根2品種の二毛作>
17年メロンは有機肥料栽培で、後作の大根から無肥料栽培。
18年メロンは無肥料・連作にもかかわらず17年を超す豊作。これは梅雨明けが早く、その後の雨なしで畑が乾いた影響が大きかったからだろう。
17年大根は無肥料としたが、2品種(ビタミン大根と普通の大根)とも豊作。
18年ビタミン大根は初期の虫食いが激しく不作となったが、虫食いが少なかった株は前年並みに生育。
18年普通の大根は大半が生育不良。暖かい晩秋が続き、当地ではどこも大根が大きくなりすぎて困っておられるのに…。残留肥料がスッカラカンになったからか?

<須賀前畑・西から第5畝:トマト&キャベツの二毛作>
17年トマトから無肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減。
連作を嫌うトマトだが、18年連作トマトの収穫は前年を若干下回っただけ。
17年キャベツの第1弾は無肥料ながら豊作、第2弾は早く寒くなり生育不良で不作。
18年キャベツの第1弾は玉が小さい。残留肥料がスッカラカンになったからか?
18年キャベツ第2弾はまだ評価できない段階だが、同様の傾向に。

<須賀前畑・西から第6畝:オクラ(→白ナス)>
17年に、この年から冷床種蒔きになった白ナスを有機肥料栽培した跡地。
18年オクラは、残留肥料があろうに、明らかに生育不良になってしまった。
でも、実の生りは順調にいって例年作となり、虫害は例年より少ない。
19年は再び白ナスに戻し、連作する予定。

<須賀前畑・西から第7畝:イチゴ>
16年秋の作付けからイチゴの連作畝とし、17年秋の作付けからは無肥料としたが、18年収穫は前年以上の豊作。

<須賀前畑・西から第8・9畝:エンドウ・タマネギ交互作&カブ・大根の二毛作>
16年秋作付けは有機肥料栽培のタマネギで、17年初夏に収穫。
17年秋の第8畝作付けは無肥料でエンドウ。大半が晩秋の冷え込みで芽吹かず、18年春の種蒔きとなり、凶作。無肥料の影響は全く分からず。
後作にカブ・遅蒔き大根を無肥料栽培。カブはいたって順調に生育。遅蒔き大根は第4畝の大根より成育が悪く、ここも残留肥料なしの影響か?
17年秋の第9畝作付けは休耕し、十分に休まった土壌で18年秋にエンドウを種蒔き、19年初夏に収穫の見込み。

<須賀前畑・西から第10畝:カボチャ・ハクサイの二毛作>
17年にカボチャを有機肥料栽培。後作にハクサイを無肥料栽培し、18年夏は無肥料でカボチャを連作。生育が非常に悪く、生りもうんと悪い。原因は肥料欠乏だろう。
無肥料初年度の17年ハクサイの出来は前年並みにイマイチ。同一品種の栽培であるが玉の蒔き方が遅く、開いたままのものが大半。
18年ハクサイも同一品種で、ハクサイは肥料を欲しがるから少々牛糞堆肥を入れる。初期の虫食いが激しくて出遅れ、出来は17年並みで、玉はほとんど巻かず。

<須賀前畑・西から第11・12畝:エンドウ・タマネギ交互作&カブ・大根の二毛作>
16年秋作付けは、第11・12畝の第11畝寄りにエンドウ1畝有機肥料栽培で、17年初夏に収穫。
17年秋の作付けは無肥料でタマネギ2畝を栽培し、18年初夏に収穫したが、玉が小さく不作。前年のタマネギは第8・9畝に有機肥料栽培で作付けしたが不作であり、18年初夏収穫は同程度の出来であったから、肥料欠乏だけの原因ではなかろう。

<須賀前畑・西から第13畝:むかごからの山芋2年がかり栽培>
17年むかごからの山芋2年がかり有機肥料栽培を行い、18年秋に収穫。19年も同様にむかごからの山芋2年がかり栽培であるが、無肥料で行う。

<須賀前畑・西から第14・15畝:サツマイモ&メロンの混植で連作>
17年はサツマイモ&メロンの3列混植(中央列にメロン)でメロンのみ有機肥料。
18年は連作で無肥料。メロンは気候が好条件(梅雨明けが早く、旱魃)であり、豊作。サツマイモも例年作。
連作によりネコブセンチュウ被害がひどくなり、18年収穫後、農薬(ネマトリンエース)を撒いてすき込む。

<須賀前畑・西から第16畝:山芋単年栽培>
17年は有機肥料栽培で山芋作付け。
18年は無肥料連作で山芋作付け。3割減の収穫となったが、原因は無肥料連作のせいもあろうが、高畝のため夏の旱魃被害もあったかもしれない。

<須賀前畑・西から第17・18畝:ネギ>
当地特産の「徳田ねぎ」の連作作付けであるが、土寄せなどで毎年大きく土をかき混ぜるので、「たんじゅん農」に適さないと思われ、従前どおり有機肥料での慣行農法。

<須賀前畑・西から第19畝:むかごからの山芋2年がかり栽培>
17年までグラジオラス栽培で、施肥は少ない。この畝を深く掘り、18年から無肥料で山芋2年がかり栽培に着手。19年秋に第1回収穫予定。

<須賀前畑・ヤーコン専用畑>
07年からヤーコンを連作し、基本的に有機肥料栽培。当初は同じ位置に畝立てしていたが、16年産からヤーコン残骸などを畝間に敷き込み、畝間に翌年の畝立てし、16年は豊作。17年は有機肥料控え目の栽培としたところ、夏の天候不順のせいか不作。
18年は無肥料栽培したところ大凶作。これは異常な猛暑の影響が大きかろう。

<須賀前畑・東から第1畝:白ナス(→オクラ)>
17年オクラを有機肥料栽培した畝で、18年は白ナスを無肥料栽培。
17年の白ナスは別の畝での有機肥料栽培で、この年から冷床種蒔きになり、生育遅れで収穫大幅減となり、18年無肥料栽培のこの畝の白ナスの収穫量は前年を若干下回ったが、夏季旱魃の影響であろう。
19年は再びオクラに戻す予定。

<須賀前畑・東から第2畝:ニンジン>
17年は有機肥料栽培のニンジンで夏収穫、秋冬収獲とも普通作。
18年は連作・無肥料栽培。夏収穫の半畝は、無肥料、連作、旱魃の3つの悪条件が重なったからだろう、凶作。秋冬収獲の半畝は、無肥料、連作の悪条件ながら、若干細めが多いが、ほぼ普通作。

<須賀前畑・東から第3畝:紫ナス・枝豆>
17年は有機肥料栽培で南に紫ナス、北に枝豆を半畝ずつ。
18年は無肥料で、場所をひっくり返す。
18年紫ナスは無肥料のせいか生育が悪く、また、梅雨明け後の旱魃で凶作。
18年枝豆は前年同様に豊作。

<自宅前畑・北東区画第1畝:夏冬二毛作>
17年夏はキュウリ第1弾、冬は菊菜を有機肥料栽培。
18年夏は十六豆第1弾を無肥料栽培し、非常に好成績を収めた。
18年冬は小松菜第1弾を無肥料栽培し、非常に好成績を収めた。

<自宅前畑・北東区画第2畝:夏冬二毛作>
17年夏は十六豆第1弾、冬は小松菜を有機肥料栽培。
18年夏はキュウリ第1弾を無肥料栽培し、平年並みの成績を収めた。
18年冬はホウレンソウを無肥料栽培し、芽吹きは悪かったが平年並みの生育。

<自宅前畑・北東区画第3畝:ニンニク>
17年秋に有機肥料栽培でニンニク苗を植え付け、18年初夏に収穫。
18年秋に無肥料(ただし草木灰を後から振る)でニンニク苗を植え付け。

<自宅前畑・北東区画第4畝:夏冬二毛作>
17年夏はトマト、冬はビタミン大根を有機肥料栽培。
18年夏はトウモロコシ第1弾を無肥料栽培。トウモロコシ栽培は初めてだから、はっきり言えないが、肥料不足のトウモロコシになってしまったという感じ。
18年冬は小松菜第2弾を無肥料栽培。暖冬につき生育は良好。

<自宅前畑・北東区画第5畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆を有機肥料栽培で2期作。冬作はなし。
18年夏はトマト(接木苗)で無肥料栽培。前年同様にやや不作。
18年冬は菊菜を無肥料栽培。暖冬につき生育は良好。

<自宅前畑・北西区画第1畝:ピーマン>
17年夏からピーマンの一毛作とし、有機肥料栽培。
18年夏のピーマンは連作・無肥料栽培で、収穫状況は昨年よりも良い感じがするが、購入苗の質によることも考えられる。

<自宅前畑・北西区画第2畝:夏冬二毛作>
17年夏はキュウリ第3弾、冬は小松菜を有機肥料栽培。
18年夏はキュウリ第3弾を無肥料栽培。毎年第3弾は不作のことが多いが、葉の色も薄く、前年以上に凶作。
18年冬はホウレンソウ第2弾を無肥料栽培。生育初期から肥料不足であろう、部分的に葉が黄色い。そこで、完全な自然農法とはならないが、全体に草木灰を散布するも1か月経っても改善せず。

<自宅前畑・北西区画第3畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆、冬はカブを有機肥料栽培。
18年夏は枝豆第1弾を無肥料栽培し、平年作。
18年冬はネギを種蒔きし、無肥料で育苗。

<自宅前畑・北西区画第4畝:夏冬二毛作>
17年夏は枝豆、冬は菊菜を有機肥料栽培。
18年夏はトウモロコシ第2弾を無肥料栽培。第1弾より成育はうんと悪かった。
18年冬はソラマメを種蒔きし、19年初夏に収穫の見込み。

<自宅前畑・北西区画ミニハウスの枠寄り:ゴーヤ>
15年からここでゴーヤを有機肥料栽培するも、土壌がバンバンでやせており、不作。
18年は無肥料。前年より初期育成が悪く、若干の不作。

<自宅前畑・南区画東第1~4畝:サツマイモ、メロンの一毛作>
16年に樹木畑を開墾し、有機肥料栽培でサツマイモとメロンの混植を開始。
17年は奇数畝にサツマイモ、偶数畝にペポカボチャを有機肥料栽培。
18年は奇数畝にサツマイモ、偶数畝にメロンを無肥料栽培。
メロンは湿気を嫌うゆえ今夏の旱魃が幸いして枯れなくて豊作。
サツマイモは普通作だが、ネコブセンチュウ被害が大きくなった。

<自宅前畑・南区画中央3畝:里芋>
17年は里芋を有機肥料栽培。種芋保存に失敗し、粗悪品での栽培につき不作。
連作を嫌う里芋だが、18年は無肥料連作。良品の種芋を植え付けたが、生育は悪かったものの、まずまずの収穫ができた。

<自宅前畑・南区画西第1畝:夏野菜一毛作>
17年はキュウリ第2弾で有機肥料栽培
18年は十六豆第2弾で無肥料栽培。好成績を収めた。

<自宅前畑・南区画西第2畝:夏野菜一毛作>
17年は十六豆第2弾で有機肥料栽培
18年はキュウリ第2弾で無肥料栽培。肥料欠乏で葉が黄色く、品種のせいもあり凶作。

<自宅前畑・南区画西第3畝:夏野菜一毛作>
17年は夏キャベツと夏大根を有機肥料栽培
18年は夏大根を無肥料栽培。第1弾は好成績。第2~3弾は猛暑で溶けて無収獲。

<自宅前畑・南区画西第4畝:夏野菜一毛作>
17年はチマサンチュを有機肥料栽培。
18年は夏キャベツを無肥料栽培。第1弾は好成績。第2~3弾は猛暑で不作。

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24節気毎の野菜収穫見込み:冬至から小寒まで [24節気毎の野菜収穫見込み]

 「24節気の健康と食養:冬至から小寒まで」については、別立てブログ「薬屋の…」で投稿しました。興味のある方は、クリックしてご覧いただくとして、このブログでは、うちの今現在の野菜や果物の収穫状況など、部分的に再掲することします。

 うちの自家栽培野菜などの状況をご紹介させていただきます。
 秋冬ニンジン、そして冬野菜のキャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ホウレンソウ、春菊、カブ、小松菜の収穫が続いています。
 白菜、ビタミン大根(中まで緑色)、普通の大根は、発育初期の虫食いで出遅れ、また、今年から導入した無肥料栽培の影響もあって不作です。
 冬野菜の中で一番多く作付けしているのがネギでして、当地のブランド品「徳田ねぎ」は柔らかくて甘いと大評判で、毎年、遠方の方へ贈答したり、お客様に差し上げたりしています。ところが、今年も9月の多雨で根腐れ傾向にあり、生長が悪く、なかなか太くならず、平年に比べ、かなり細いものになっています。12月半ばから少々収穫を始めたところですが、本格的な収穫は1月半ば以降にするしかないです。
 芋類は保存してあり、サツマイモ、里芋、山芋(栽培種のイチョウ芋)、ヤーコン芋がいつでも食べられます。ただし、ヤーコン芋は今夏の猛暑で凶作となり、平年作の2割の出来です。
 なお、ヤーコン芋はすぐれもの。フラクトオリゴ糖たっぷりで、整腸作用が抜群。癖のない味ですから、どんな料理にも入れられ、毎日少しずつ食べています。
 (参照 当店[三宅薬品]のホームページ:ヤーコンの魅力)
 果物は、みかんを2品種栽培しています。今期は表年に当たり、普通のみかんが大豊作で収獲中です。オレンジがかかった晩生のみかんも間もなく収穫可能となります。
 それ以外にはユズがあり、毎年たわわに生ってくれます。香り付けに時々使うほか、年明け後にはユズ酒を作り、丸1年熟成させて、食前酒にしています。
 なお、冬至七種の一つ「金柑」の木もありますが、完熟するのは春分以降となり、その頃に全部収穫し、金柑酒にしています。

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12.24 梅の木の冬剪定 [梅の木]

 梅の木の剪定は10月から1月にやるとよいとのことであるが、うちは少々事情が異なる。初夏にコゴメが大発生することが多く、通常は5、6月に補助的に行う夏剪定がメインとなる。
 
 梅の木は2013年頃までは南庭に大中小各1本、計3本あったが、そのうち小木が枯れてしまい、今は2本である。(なお、他に畑の隅にしだれ梅が1本あるが、これは別途記事にする。→「しだれ梅の夏剪定・消毒ほか管理」)
 以前、大きい梅の木には毎年実がかなり生って、亡きおふくろが梅干を漬けていた。中の木は、まだ小木でどれだけも生らないが、毎年それなりに実を付けてくれる。
 2011年頃だったか、11月にプロの庭師さんが3本の梅の木全部を大きく剪定してくれ、姿形が整ったものの、それ以来、梅の実の生りようがガクンと悪くなった。その頃おふくろは高齢で梅干作りも大変になっていたから、ちょうどよかった。できれば、全然生らない方がいい。
 ところで、それ以前の冬剪定となると、記憶に定かでない。おふくろが自分でやっていたのか、庭師さんに軽く剪定してもらっていたのか、はたまた自分がおふくろに指示されてやったのか、全然しなかったのか、はっきりしない。
 プロの庭師さんが大きく剪定してくれた年の翌年からは、アマの庭師、従兄弟に庭全体の樹木の剪定を11月にお願いし、梅の木の剪定もお願いした。
 さて、その後の梅の実の生りようはというと、2013、4年は、大きい木を中心にどでかい梅の実が約5kgほど収穫できてしまった。これは女房が梅酒づくりに使った。
 従兄弟に庭全体の樹木の剪定をしてもらうようになって2、3年したところで、不要な樹木の伐採を毎年お願いするようになったから、梅の木の剪定までは手が回らなくなり、また2015年8月におふくろが他界したのだが、その翌年から女房が生った梅で梅干しづくりをするというので、梅の実が生らないような剪定をする必要もなくなった。
 よって、自分で「適当に冬剪定」をすることにしたのだが、これまた記憶がはっきりしない。まさか従兄弟が11月にやってくれていることはなかろうが、自分では何もしていないと思うのである。日誌(このブログ)を読み返してみても何も書いてないからだ。
 うちではやはり冒頭でも書いたように、コゴメの発生により夏剪定が主体であり、コゴメが湧こうが湧かまいが、5月下旬なり6月にバッサバサと剪定して風通しを良くしている。剪定はきっとこのときの1回だけであろう。
(参照)→「梅の木の夏剪定とコゴメ・イラの消毒

<2018年>
(12月17日)
 今日は全く暇で、柿の木の剪定でもしようかと思ったのだが、そのとき“梅の木の冬剪定をしたことはあったっけ?”… “やったような記憶が少しはあるが、少なくとも去年はやった記憶はない。”…と、あれこれ記憶をたどったところ、おぼろげながら以上のような状態である。
 さて、今年はどうするか。梅の木を眺めるに、やはり冬剪定は不要の感がする。6月3日の夏剪定でもって、事は足りているのではなかろうか。
(12月25日)
 今日、柿の木の剪定を行なったのだが、もう一度梅の木を眺めるに、梅の実がそうたくさん生っても困るから、姿形がよくなるよう、上方に長く伸びた枝や横へ大きく伸びた枝は全部切り取った。といっても大した量ではないが。
 
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12.15 休耕田で野焼きを決行 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 野焼きはだんだん難しくなってきた。20年ほど前に廃棄物処理法が改正になって原則禁止となった。そんな頃から親父に代わって小生が野焼きするようになったのだが、煙に何ら害はないことを知っていたから、風の弱い日に、横着にも風向きを無視して野焼きを年に何度も行っていたものだから、苦情が来たり、何度か通報されもした。
 特に、近年になって住宅や中古車販売会社が近くにできたから、主に行っている自宅前の休耕田での野焼きは、風向きに随分と気をつけねばならなくなった。
 そうしたことから、いつまで野焼きができるか分からないが、去年から必要最小限の野焼きとすることにした。
 さて、今年。野焼きの量、回数とも極力減らそうと思っていたが、夏前に東庭の樹木を切ったり、サツキを引き抜いたりして休耕田に積んでおいたし、その後、庭師に剪定してもらった剪定ごみや切り倒してもらった木の枝がうず高く積み上げられてしまった。
 積み上げた周りに剪定された木の葉っぱがけっこうあったので、これは燃やさずに、今日、一輪車で3回運んで果樹周りにばらまいた。
 この間、風向きを観察していたら、北風であり、ちょうどいい。煙は隣の公園からお寺へ行くから、通報されることもないし、近所に迷惑にはならない。
 11~12日にけっこう雨が降ったので、少々湿り気があるが、十分に燃えよう。周りに散らばった枝などを山に乗せ、着火。時刻は11時半。
 ゴウゴウと燃え上がったが、湿り気があるから、やはり煙がすごい。ものすごい勢いでもうもうと煙が立ち上がる。3分ほどで火勢が弱まり、煙も少なくなった。やれやれ、これで目立たなくなったわい。
 ところが、着火後、5分ほどしたらパトカーが来た。これは、通報ではなく、警ら中に立ち上る煙を見たからであろう。若いお巡りさんが道端に立って、“遠くからでもすごい煙でしたよ。”と言う。“いやあ、申し訳ありません。一気に大量に燃やしたものですから。”と言い訳。すると、“何とかなりませんか。”と消火してほしい口ぶり。“ちょっとなんとも。火の勢いが弱まりましたので、後は、傍に着いていて、燃やし尽くしますので。”と返事。お巡りさんは弱った顔をしながら、パトカーに戻られた。
 とんだハプニング。まあ、通報されたのではないから助かった。
 燃えるにしたがって灰を中央へ寄せたり、転がり落ちた枝を上に乗せたり、のんびりと焚火。時折ちょっと強い北風が吹くが、火の粉が飛ぶほどではない。
 お隣の老主人が焚火にあたりに来て世間話したり、そのひ孫が来て、かき混ぜ棒で火遊びさせたりして、火の守りをする。
 この調子なら、須賀前の畑に積んである柳の枝も燃やせよう。そこで、軽トラで運んできて山に乗せる。多少煙は出るが、けっこう簡単に燃やせた。まだ、ある。庭のソテツの枯葉が放置してあったし、ついでにもう少し切って、それも山に乗せる。
 こうして、あれこれ燃やしきる。時刻は午後2時半。3時間かけて概ね終了。
 ところで、完全燃焼するには少なくとも明後日までかかろう。明日の晩から雨の予報だから、明日の午後には可能なだけ草木灰を回収しよう。熱い灰だから金属製の入れ物がいるが、ちょうどいいものがない。弱ったことになったが、明日、何とか考えよう。
 というようなことで、ここのところ、いつ燃やせそうかな、いつ燃やせそうかな、と条件の良い日を探っていたのだが、案外早く燃やせる日が訪れ、ホッとしたところです。
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休耕田&畑での野焼き [野焼き]

 野焼きはだんだん難しくなってきた。20年ほど前に廃棄物処理法が改正になって原則禁止となった。そんな頃から親父に代わって小生が野焼きするようになったのだが、風向きを無視して野焼きを年に何度も行っていたものだから、苦情が来たり通報されもした。
 特に、近年になって、住宅や中古車販売会社が近くにできたから、主に行っている自宅前の休耕田での野焼きは、風向きの気をつけて野焼きせねばならなくなった。
 いつまで野焼きができるか分からないが、2016年までは可能な限り量多く野焼きを続け、草木灰をたくさん得て、畑に施肥したいと思っていた。
 ところが、2017年度から事情が変わった。草木灰がほとんど不用となったのである。これは、「たんじゅん農」の導入により無肥料農法に切り替えることにしたからである。よって、2017年からは必要最小限の野焼きとすることにした。

<2018年度>
(12月15日:第1回)
 昨年度に引き続き、今年度も野焼きの量、回数とも極力減らそうと思っている。
 しかし、夏前に東庭の樹木を切ったり、サツキを引き抜いたりして休耕田に積んでおいたし、その後、庭師に剪定してもらった剪定ごみや切り倒してもらった木の枝がうず高く積み上げられた。
 積み上げた周りに剪定された木の葉っぱがけっこうあったので、これは一輪車で3回運んで果樹周りにばらまいた。
 この間、風向きを観察していたら、北風であり、ちょうどいい。煙は隣の公園からお寺へ行くから、通報されることもないし、近所の迷惑にはならない。
 11~12日にけっこう雨が降ったので、少々湿り気があるが、十分に燃えよう。周りに散らばった枝などを山に乗せ、着火。時刻は11時半。
 ゴウゴウと燃え上がったが、湿り気があるから、やはり煙がすごい。すごい勢いでもうもうと煙が立ち上がる。3分ほどで火勢が弱まり、煙も少なくなった。やれやれ、これで目立たなくなったわい。
 ところが、着果後、5分ほどしたらパトカーが来た。警ら中に立ち上る煙を見たからであろう。若いお巡りさんが、道端に立って、“遠くからでもすごい煙でしたよ。”と言う。“いやあ、申し訳ありません。一気に大量に燃やしたものですから。”と言い訳。すると、“何とかなりませんか。”と消火してほしい口ぶり。“ちょっとなんとも。火の勢いが弱まりましたので、後は、傍に着いていて、燃やし尽くしますので。”と返事。お巡りさんは弱った顔をしながら、パトカーに戻られた。
 とんだハプニング。まあ、通報されたのではないから助かった。
 燃えるにしたがって灰を中央へ寄せたり、転がり落ちた枝を上に乗せたり、のんびりと焚火。時折ちょっと強い北風が吹くが、火の粉が飛ぶほどではない。
 お隣の老主人が焚火にあたりに来て世間話したり、そのひ孫が来て、かき混ぜ棒で火遊びさせたりして時間を潰す。
 この調子なら、須賀前の畑に積んである柳の枝も燃やせよう。そこで、軽トラで運んできて山に乗せる。多少煙は出るが、けっこう簡単に燃やせた。まだ、ある。庭のソテツの枯葉が放置してあったし、ついでにもう少し切って、それも山に乗せる。
 こうして、あれこれ燃やしきる。時刻は午後2時半。3時間かけて概ね終了。
(12月16日)
 これだけの量の野焼きとなると、完全燃焼するには少なくとも3日間かかろう。今晩から雨の予報だから、今日中に可能なだけ草木灰を回収することに。
 まず、朝、表層の完全燃焼した灰を篩にかけ、ブリキのバケツ2杯に草木灰を入れた。残りは炭混じりの灰で、炭はまだこれからゆっくり燃える。そこで、コスモス畝の枯草を2、3度被せて燃やし、温度を上げてやる。
 2時間後に、コスモスの残骸混じり枯草を乗せたところ、まだ刈ったばかりだから、煙が出るだけでなかなか燃えない。よって、それは除けて、きれいな小山にし、夕刻まで待つ。
 朝と同様な作業をし、完全燃焼した草木灰をバケツ2杯に入れる。
 残った炭は今晩の雨で湿ってしまうが、後日、コスモス畝の枯草を燃やすときに湿った灰を上に乗せて燃やしきることにしよう。
(12月24日:第2回準備)
 たっぷり水を吸った炭混じり草木灰をポリバケツで回収し、納屋へ。
 今日、不要な庭木2本を伐採したので、枝のみ休耕田へ搬出。その上に梅と柿を剪定した少々の枝を乗せておいた。
(1月7日:第2回野焼き)
 本日、風向きよし。前回の燃え残りを乗せ、コスモス畝の枯草でもって10時に着火。枯草の下のほうが若干湿っており、煙がすごい。少しずつコスモス畝の枯草を足すも同様。枯草は半分燃やすだけで止めにした。
 あと残っているのは、コスモス畝の残りの枯草5mほど、垣根の百日草の残骸、庭の少々の枯草となった。後日、燃やそう。少量の野焼きなら通報されることもない。同級生がそうしている。
(1月9日)
 草木灰の回収。まだ完全には燃え切っていないであろうが、夜中に少々雨が降り、大半が湿っている。奥のほうは湿っておらず、よくかき混ぜてから篩にかけ、バケツ1杯の草木灰を回収。しっとりとした灰だ。
(1月17日)
 2回の野焼きでできた草木灰の約半分を果樹周りに散布。
(2月3日:第3回)
 今季は2回で終了にするつもりであったが、今日、ユズの収穫で寒くなり、風邪が治っていないから、焚火で暖をとることとし、少々残っていた枯草(コスモス畝の残りの枯草5mほど、垣根の百日草の残骸、庭の少々の枯草)を午前10時頃からぼつぼつ燃やして体を温めた。
 無風状態で、煙が方々へたなびいたが、焚火であるがゆえに煙は大したことなく、隣近所に迷惑とはならずに済んだ。
 午後から雨の予報につき、午後2時頃に、まだ燃え切っていないが、篩にかけて草木灰を回収。けっこうな量の草木灰が得られ、ジャガイモ畝、ゴーヤ畝、ソラマメ畝に即、施肥。

<2017年度>
<第1回(第2回はなし)>
(11月10日)
 今年度は野焼き回数を極力減らそうと思っている。今までは野焼きでできた草木灰を肥料にしていたが、「たんじゅん農」の導入により、ほとんど不用となってしまったからである。
 そこで、休耕田のコスモスは、10月30日に畝間の水が張っている所へ入れ込み、腐敗させることにした。
 今日は、自宅前の畑で出た枯れ木を休耕田の野焼き場へ搬出し、周りにけっこうある枯草も積み上げておいた。なお、自宅前の畑で出た枯草は果樹園にばら撒くこととし、野焼きはしない。また、須賀前にあっては、枯草など全部をヤーコンの畝間に敷き込み、堆肥化させることにした。
 11月半ばには従兄弟が庭の剪定をしてくれ、剪定ゴミがけっこう出るから、それを今日積んだ場所に積み上げてもらい、12月以降で野焼きすることにしよう。うまくいけば、この1回だけで済むことだろう。
(12月18日)
 1週間ほど前に、須賀前の畑から出たサツマイモのツルの一部(一番西畝の全部:ネコブセンチュウ被害がひどい)を運んできて、野焼き場に積み上げておいた。昨年まではヤーコンの残骸と一緒に須賀前の畑で春に野焼きしていたが、基本的に残骸は畝の下に埋め込むこととしたから、須賀前での野焼きは今年から行わないからである。
 ここのところずっと雨らしい雨はなく、よく乾いているから、いつでも野焼きできる状態にある。庭木の剪定ゴミはまだ青々しているが、枯草の燃焼に伴って燃えてくれるから、問題ない。
 今日の風向きは、予報でも北西ないし北北西で、微風であり、最も条件がいい。そこで、11時過ぎから野焼きすることとした。西側や北側の民家で洗濯物を外に干しておられる所もない。風向きが変わっても問題なし。
 綺麗に燃え上がり、煙も少ない。火勢が弱まったところで、柿の木の剪定に行く。そこで出た小枝を一抱え野焼き場に運び、乗せてみたがなかなか燃えず、煙がけっこう出るから、剪定ゴミは柿の木周りに放置することに。
 ときどき野焼き場を見に行って、燃え残りを真ん中に乗せたり、寄せたりし、午後3時には少々くすぶるだけとなった。
 よしよし、野焼き大成功。完全燃焼するには少なくとも明後日までかかろう。ずっと雨なしの予報だから、数日後、完全に冷えてから草木灰を回収しよう。
 さて、この草木灰だが、ネギは慣行農法でいくことにしたから、保管しておき、ネギ栽培で多用することとする。
 今期は今日の1回だけで野焼きは済みそうだ。
(12月22日)
 4日経った今日、ふるいに掛け、燃え残り(炭)や土の小塊を除去。草木灰を回収(ダンボール箱に2杯)。来期のネギ栽培に肥料として使おう。

<2016年度>
<第1回>(11月7日)
 弱い南風が卓越するとの予報であったが、正午過ぎは東風であったり西風であったりする。これなら野焼きしても通報されそうにない。
 よって、休耕田の草刈と同時並行で野焼きすることにした。
 夏剪定の枯れ枝や冬に掘り出した切り株が主だが、雑草、芋ツルも混ぜて、休耕田に積み上げてある。これに、公園から出た枯草で湿っていないものを被せて着火。
 よく燃えてくれる。風は回っているようだが微風であり、南風になることはまれであった。
 よって、公園から出た枯草で若干湿っているものも時々被せ、少々煙が出るが、燃やしてやった。
(11月9日)
 翌8日の朝、午後から小雨の予報で、トタン板を被せておいた。2.5ミリの雨であった。9日朝、見てみると、淵に若干の湿りがあるだけで、まだ温かく今日中に完全燃焼してくれそうだ。
(11月10日)
 草木灰を振るいに掛け、金たらいに入れる。少し暖かみがあり、淵は少々湿っているも、ほぼ全部がフワフワ状態。燃え残りが若干あり、それはトタン板に乗せておき、次回に燃やすことに。
 ほぼいっぱいになった金たらいを軽トラに載せ、須賀前のサツマイモ跡全体に草木灰を散布。
<第2回>(12月17日)
(11月19日)
 今までに、ぶどう園づくりで出た伐採樹木や庭の草引き出た枯草、それに公園から出た枯草をサンドイッチにし、休耕田に積み上げてある。
 そこへ、前回の燃え残り炭を乗せ、ビニールシートで覆って、今晩からの雨除けとし、コスモスの残骸少々と重石を乗せておいた。
 雨除けとしてビニールシートで覆うのは今回が初めてのことである。これで、燃えやすくなろう。
(12月17日)
 その後、ビニールシートをめくって燃やそうとしたが風向きが悪く日延べ。その後は雨が定期的に降り、延び延びになっていたが、今日の予報では北西の微風とのことで、13時半から急きょ燃やすことにした。
 最初は北風、直ぐに北東風に変わり、ちょうどそのときコスモスの残骸を乗せたので、燃えカスが自動車屋さんに落ちる。苦情あり。
 その後も風向きは良くならず、より微風となり北東、北、東と風が舞い、追加野焼きは中止。
(12月19日)
 朝、草木灰を振るいに掛け、金たらいに入れる。少し暖かみがあり、ほぼ全部がフワフワ状態。燃え残りが少々あるもプランター用土の軽石が多い混ざっており、これはぶどうの苗木の周りに。
 回収した灰は、金たらいにほぼいっぱいになり、須賀前のサツマイモ跡全体に散布。前回とかぶってしまった。残り若干は山芋跡に。
<第3回>(1月8日)
(12月19日)
 11月下旬に庭の剪定ででたものやコスモス畝の残骸を機会を見て燃やさねばならない。
 第2回野焼きの灰を今日回収したので、焼き場に剪定ゴミを積み上げておいた。かなりの量があり、コスモスの残骸は第4回の実施か。
(1月8日)
 元旦以来、微風で風向きの良い日を狙っていたが、なかなか訪れず、今日になってやっと絶好の条件となった。午前中に野焼きし、午後の雨との予報に備え、トタン板を乗せ、重石をしておいた。
(1月9日)
 昨晩20mmの雨。これでは灰が湿る。朝、見てみると若干湯気が出ていたが灰は湿っぽい。昼から、篩にかけたら半分ほどが湿った灰、半分が灰が付いた炭。
 灰はどうにか肥料として使えるだろう。炭は除湿を兼ねてぶどう園で使うことにしよう。
<第4回>
(1月9日)
 コスモス畝の残骸(コスモスより雑草が多い)を野焼き場に積み上げておいた。
(1月16日) 
 神社において初詣イベントと左義長の焚き火でできた灰・炭を回収。
 砂利が混ざっているものは果樹園にばら撒き、砂利が混ざっていそうにないものは休耕田の野焼き場に搬入。
 野焼き場に積んだ枯草を半分ほど崩し、湿った灰・炭を枯草と4層のサンドイッチにして積み上げ直し、後日、再焼却。
(2月13日)
 午後3時半過ぎ、風がさほどなく、西または北の風であったので、野焼きすることにした。表面はメラメラと景気良く燃え上がったが、後が続かない。ほじってみると、上面に炭がそのままの姿で残っており、そのすぐ下はけっこう湿っている。どれだけか掻き広げるも、全部が湿っているから燃え上がらない。煙は水蒸気に変わり、自然鎮火しそう。でも、奥の方で火の気があり、周りでも何箇所か火の気がある。燃えきってくれるよう淡い期待をもって4時半前に放置することに。
(2月14日)
 朝、見てみると、かなりの熱が残っており、思いのほか燃えていた。広がった灰をテンワで掻き寄せて山にし、休耕田の枯草を少々乗せて、けっこう残っている炭を完全燃焼させようと目論む。
(2月17日)
 早朝から雨がぱらつきだし、早速草木灰を回収。3日半経ち、完全燃焼しているが、少し暖かい。左義長の針金や瀬戸物そして小石が多く混入し、篩に掛けて除去。
<第5回>
(2月20日)
 休耕田の野焼き場が空いたので、東庭の2本の木と南庭の1本の木を伐採し、運び込む。畑の際に積んであった剪定くず、枯草なども積み上げる。
(3月13日)
 今日は無風につき、9時頃に着火。綺麗に燃え上がる。伐採した松の木の幹を乗せておいたが、これはほとんど燃えず、来季まわし。
(3月15日)
 篩に掛け、若干の燃え残りなどを除去。
<第6回>
(3月5日)
 ヤーコンのシート外しを行い、今までに積んである残骸の上に乗せ、後日野焼き。
(3月13日)
 休耕田の野焼き場の火勢が弱まったところで須賀前の畑に行き、堆肥場の乾いた野菜の残骸やサツマイモの残骸を上に乗せ、着火。綺麗に燃え上がる。
(3月15日)
 篩に掛け、若干の燃え残りなどを除去し、ヤーコン畑に散布。  

<2015年度>
<第1回>(10月18、19日)
 昨日(10月18日)は休耕田で、今日(19日)は自宅前の畑で、野焼きを行った。
 例年より燃やすべきものが何倍もあって大変である。というのは、自宅前の畑の樹木をかなりかなり伐採したからである。
 ところが、昨日・今日とも途中で中止せざるを得なくなった。
<休耕田にて>
 昨日は、休耕田で樹木の枝と公園から出た雑草を交互にくべて、燃え上がったり煙が激しく出たりを繰り返していた。風は微風であったが、南西の風が卓越し、近くにあるアパートへ煙がたなびくことが多かった。
 少々やばいな、通報される恐れがある。過去に2度あったから、今日もあるかも。
 予想はずばり的中。パトカーのお出まし。“いやー申し訳ない。ご苦労様”で終ったが、2時間も燃やし続けていたから、少々うんざりしたところであり、今日はこれまで、と区切りがついて有り難かった。
 ほとぼりが冷めたところで、また野焼きしよう。
<自宅前の畑にて>
 1か月後にしようかと思ったが、昨日・今日と当店の連休で、今日も風は弱く野焼き日和である。また休耕田で、とはいかない。微風だが南風であり、またアパートへ煙がたなびく。
 まだ燃やしていない伐採した樹木の大半は畑の中に放置してあるものだ。よって、畑の中で燃やすことにした。燃やし始めて15分もしたら東風に変わった。畑の西側に民家と自動車屋がある。燃えカスがかなり降るだろう。でも、東風は一時的だろうと思い、野焼きを続けたが、南風が一時的で多くは東風だ。1時間経ったところで、ちょっとヤバイな、まだ半分残っているが、様子見せねば、と思っていたところ、両方の方から相次いで低姿勢で“申し訳ないがかくかくしかじかで…”と言ってこられた。“いやー申し訳ない。中止しますわ。ここで燃やすのは今回が初めてでして、以後やりませんので。”で終った。
 灰が随分できたが、まだいぶっている。完全に燃えきるのは、どちらも明日か明後日になろう。すっかり冷めたところで畑にばら撒こう。いい肥料となる。
 1か月後に、また野焼きすることにするが、風向きに神経を使い、また、湿っている公園の雑草は煙が出すぎるから燃やすのは止めよう。 
(10月22日)
 畑での野焼きは少なかったから灰が冷えているが、休耕田はまだ暖かい。たぶん良かろうと思い、今朝、灰を回収することにした。ほぼ完全に燃えきっており、下のほうは炭状態になっていたので篩に掛けて灰を回収。たっぷりある。良き肥料となる。
 草木灰は春野菜に施肥し、一部残ったものは夏野菜用に保管。
<第2回>(12月6日)
 3日ほど前に雨があり、どうかと思ったが風が弱く風向きがいい。よって、午後3時頃に、山にしてある剪定ゴミに着火してみた。
 煙が立ち昇り、よく燃えない。10月下旬に刈り取ったコスモスや雑草を乗せてみたが、やはり煙が多い。
 よって、それ以上燃やすのは止めにし、ときどき突いて燃えやすくするも、たいした効果なし。
 ところが、決して消えることはなく、ずっと燻った状態が続き、ときどき小さく燃え上がる。
 午後5時半頃に見に行くと、様子は変わらなかった。そこで、中央を低くしたドーナッツ状にし、どれだけか燃えやすくしたが、気休めにしかならないだろう。
 風は西風ときどき西北の風といった状態。これなら民家に煙は行かない。まれに西南西となり、このときは、隣地の住宅に煙が行く。まあ、許してもらおう。
(12月9日)
 燃え残りが多い。篩に掛けて草木灰を回収。これは夏野菜用に保管。燃え残りは第1回の分と併せて次回の野焼きで燃やすことに。
<第3回>((1月15日)
 12月は雨が降ったり、忙しかったりで野焼きできず。
 1月11日に、神社の初詣、左義長で大量にできた灰・炭(少々湿り気あり)を回収してきた。
 休耕田の所定の場所に、まずコスモスの残骸をどれだけか置き、その上に灰・炭を半分乗せ、次にコスモスの残骸を少々乗せてから残りの灰・炭を乗せ、2段重ねの形で灰・炭を置く。トタン板を被せて雨除けする。
 自宅前の畑から樹木を伐採した小枝を運び込み、土手辺りに並べておいた。これで、野焼きの準備完了。
 その後、風向きが悪かったり、所用があったりして、延び延びとなり、今日(1月15日)風向きが良く、野焼きすることにした。
 ここのところ雨なしでよく乾いているから助かる。
 まず、雑草が多く混じったコスモスの残骸を乗せ、着火。勢い良く燃え上がる。次に、樹木の小枝を乗せ、またコスモスといった具合で燃やしていく。途中で、前回の燃え残りを乗せたり、お隣さんのピーマンの残骸も燃やしてあげたりした。
 概ね燃え終わったところで突いてみると、4日前に積んでおいた灰・炭の下には火が通っていない。となると、最下段のコスモスの残骸も同様であろう。
 でも、上に被っている熱い炭がだんだん燃焼し、それでもって下の灰・炭も燻して完全燃焼してくれるのではなかろうか。そう期待している。
 明日いっぱい燻り続け、明後日も同様であろう。そうなると、明後日とその翌日は1泊で温泉に行くから、4日後に灰の回収となるが、寒波が来て天気が崩れる。灰の回収はいつになるやら。
 明後日の朝、トタンを被せ、灰が湿らないようにしておこう。
(1月16日)
 朝、見にいったら、トタン板を乗せ、石で重しがしてあった。昨日の夕方、隣の老主人が火災予防でそうしてくれたのだろう。なお、灰はまだ熱い。
(1月18日)
 1泊2日の温泉旅行から帰って見てみると、今日の15mmほどの雨で灰の周辺部がじっとりと水を吸い込んでいる。でも、中央部はまだほんのりと熱い。
 そこで、じっとり湿った灰をかき揚げ、なんとか余熱で乾燥しないか期待しているところだが、どうなるだろう。明日は朝から強風だから、そのままにしておき、明後日以降で灰を回収しよう。なお、再びトタン板を乗せ、石で重し。
(1月28日)
 明日の雨でこれ以上湿らないよう、ダンボール箱6箱に炭混じりの草木灰を回収。かなりの湿りよう。
(2月中旬)
 湿った炭混じりの草木灰は果樹、グラジオラスに施肥する。
<第4回>(2月18日)
 2月初めに庭木の伐採、ツツジの根っこの掘り起こしを休耕田に積んでおいた。
 今朝、微風で北風。最高の条件。野焼き実行。
(2月20日)
 今日は午前中に雨となり、かなりの降りようになりそう。そこで、48時間しか経っていないが灰を回収することにした。
 まだかなりの燃え残りが残っており、篩に掛けたら灰と炭のボリュームは同じほどとなった。暖かみがあるが、発火はしないだろうと思っていたが、30分ほど農作業をしてから見てみたら、なんと炭が発火して煙が立ち上がっているではないか。
 炭は早速に堆肥場に入れたが、燻り続けているものの、9時頃から降り出した雨で消えてしまうだろう。
 一方、灰も熱を持ってくるかもしれないので、早速に須賀前の畑に運び、サツマイモ(紅東)作付け予定箇所に散布しておいた。
<第5回>
(3月16日)
 須賀前の畑にて、ヤーコンの残骸、柳の枝を中心に野焼き。南西の微風で最高の条件。
(3月18日)
 まだ完全に燃えていないが、今朝草木灰を回収。篩にかけ、燃え残りは少々残っている枯草の上に乗せ、もう一度燃やしなおすことに。
 なお、草木灰は早速畑の西の方にばら撒いた。
 
<2014年度>
(11月17日)
 最近、野焼きは厳しくなった。先月号の町広報誌にも「野焼きは禁止されています」と大きく書かれていた。
 でも、そんなこと知るか、である。
 今朝、3時間ごとの天気予報を見てみたら、午前中は微風で北北西の風とあり、お昼から南西の風に変わるとある。
 この分なら午前中は、休耕田での野焼きにちょうどいい風向きだ。そこで、9時前から野焼きを開始。
 休耕田に積んであるのは、隣の公園から搬出したコスモスの残骸と草刈で出た雑草である。
 まだ十分に乾ききっていないから、燃え方が悪い。煙が黙々とあがり、そしてたなびく。でも、煙は隣の寺と自宅に向かうから、問題ない。
 しかし、煙が少々多すぎる。そこで、先日、休耕田の草刈をしたので、その草を一輪車で運び、燃え上がらせる。なお、自宅前の畑から一輪車で2回、堆肥になりにくい野菜の残骸などを持ち込む。
 途中、別の作業を行いながら、お昼までかかって休耕田の過半の草を燃やしてやった。まだ、芯はくすぶっているから、全部が燃え尽きるには明日いっぱいかかろう。
 随分と多く灰が出来そうだ。いい肥料になる。明後日には畑にばら撒こう。
 こうして、今年もおおっぴらに野焼きを決行した次第。
 肥料を作ってんだから、どこが悪い、と、うそぶいて。
 ところで、須賀前の畑の方は、今年はこの時期には行わず、年明けか春にまとめて行う予定である。
(11月20日追記)
 3日経った今日、草木灰を回収。段ボール箱3杯。最下部は燃え残りがあったが、それ以外は完全に灰になっていた。その一部を須賀前の畑へ持って行って施肥。
(1月24日)
野焼き 庭木剪定ゴミ・庭の草花の枯草
 朝9時すぎ、11月末以来、休耕田にうず高く積んである庭木の剪定ゴミの近くで煙草に火をつける。予報どおり北西の微風。枯草を拾い集めて着火。剪定ゴミは燃えやすいから助かる。
 12月、1月と定期的に雨が降り、少々湿っているが、葉っぱの脂分で景気良く燃え上がる。
 これを放置して、庭で伸びたままにしてある枯草を鎌で刈り取ったり、枯れた庭木を引き抜いたりして、一輪車で野焼きしてある場所に運び、上に乗せる。
 柿の木の剪定枝を集めたり、枯れた菊を刈り取ったり、堆肥になりそうにない夏野菜の残骸を拾い集めたりして、これも一輪車で運び、順次燃やす。正午まで3時間行い、一時中断後、午後1時から再開し、2時頃に終了。
 畑仕事をして、3時半頃に燃え残りをかき集め全部燃えるようにしておいた。けっこう太い枝があったから、燃えきるのに明日いっぱいはかかろう。明後日は雨模様だから、明日の午後にはトタン板を乗せて、灰が湿らないようにしておこう。
(1月29日追記)
 その後、けっこうな雨が降った。雨後に見てみたら、トタン板が風で飛んで灰に雨が当たってしまった。今日、灰を回収したのだが、ズブズブに湿っている。燃え残りもけっこうある。
 よって、完全に燃えた部分、これは少ししかないが、自宅前の畑(秋に里芋を収穫した箇所)にばら撒いた。残りは、果樹周りにばら撒いておいた。

(3月28日)
 須賀前の畑で野焼き
 今日(3月28日)は微風だし、ここのところ雨がなかったから、野菜の残骸や刈り取った雑草がよく乾いている。そこで、午後に野焼きを決行。
 燃やしたのは、柳の枝、ヤーコンの残骸、刈り取った雑草が主だが、ほかにナス、ピーマン、オクラの残骸などである。
 実によく燃える。ただし、雑草の一部が湿っており、どれだけかは煙がたなびいたが問題なし。
 明日のお昼から雨となる予報だから、明日の午前中に畑にばら撒くことにしよう。いい肥料になる。焼き畑農法だ。
(翌日追記)
 朝、行ってみたが、中の方はまだ燻っているだろうと思ったがそのとおりだった。上っ面だけ跳ねてヤーコン畑にばら撒く。
 残りが完全に灰になってくれると有り難いのだが、お昼頃から雨の予報だからだめだろうなあ。
(31日追記)
 雨は数ミリで炭状のものが燃え尽きるのに影響はなかった。地面近くは若干が炭の状態であったが、全部をヤーコン畑にばら撒く。

<2013年度>
(11月3日)
 休耕田に、隣の公園から出た雑草(9月に草刈機で刈ったもの)とコスモスの残骸がうず高く積まれている。
そして、今日、うちの庭から雑草やおふくろが庭木の一部を剪定したクズそして秋ナスの残骸を持ち込んだ。さらに、休耕田のコスモスを一部刈り取り(または引き抜き)これも積み上げた。
 幾山もできているし、また、休耕田を草刈機で刈った雑草も燃やせる。ここのところ雨なしで、よく乾いているかと思いきや、どれも少し下は湿っている。
 これでは、今日は燃やせない。後日ということになるが、来週も再来週も日曜日は用事があってダメだ。それまでの間で、風が弱く、風向きがいい日を狙って平日に行うしかない。煙が近くにあるアパートの方角へたなびくと通報される恐れがあるから、実施日を慎重に選択せねばならない。
 今年は、例年に比べ、量が多いから大変だ。この野焼きが終わると、例年だと、11月下旬にコスモスの残骸、12月には庭師さんに頼んで行った剪定クズの野焼きをせねばならない。自宅前では、この3回の野焼きをすることになるが、今年は、第1回をコスモスの残骸を含めて行うことになろう。
 なお、野焼きしてできた灰は貴重な肥料となるから、いつも回収して主に須賀前の畑に撒くことにしている。
(11月22日追記)
 ここのところ雨なしで、そろそろ野焼きができそう。天気予報でも風はなく、風向きも良い。朝7時に風向きを見たら南風の微風。野焼き決行!
 とりあえず、須賀前の畑から田へ持ち出してある草を燃やすことに。何とか燃え出し、畑の隣の方に貸してある家庭菜園の草なども積み上げておいた。
 開店準備を終えてから、店は女房に任せ、自宅前の休耕田に積んである草を燃やしにかかる。風向きは良好。予報どおり西風の微風に変わった。のち、北または西風の微風。風向き良し。
 従兄弟に頼んだ庭木の剪定で出た剪定ゴミも燃やす。どれもこれも全体に若干湿っており、燃え上がりにくく、少しずつしか燃やせない。午後2時半までかかって、今、出してある草全部そして休耕田の草の一部を燃やした。
 自宅前の野焼きの終わりがけに須賀前の様子を見に行く。おおむね燃え尽きているが、ピーマンの残骸が燃え残っており、田んぼにばらまかれている刻み稲藁や家庭菜園の草を再度集めたりして積み上げておいた。一晩くすぶって明日中には燃え尽きるだろう。
 自宅へ戻ると、おふくろが休耕田の野焼き場を突いている。くすぶっている残りを燃えやすくするためだろう。
 ちょうどいいところに出くわした。夕方、必ず水をかけるおくふろである。
 “水をかけたらあかん”と、耳の遠いおふくろの耳元でゆっくりと大きな声で言うと、“水かけぇへんで、ええわ”との返事。
 はたして信じて良いものか、疑問もある。
 時刻はまだ2時。おふくろが手にしている突き棒を受け取り、野焼きを続行。
 野焼きはドーナツ型にして燃えやすくしてあるが、草に湿り気があってこれ以上は燃え上がりそうにない。そこで、多少は乾きのいい休耕田の草をどんどん持ち込み、ドーナツの真ん中に入れ込み、積み上げていく。少しずつは燃えてくれる。
 でも、それも限界が来た。そこで、最後に、テンワ(手鍬)で周りの灰をかき揚げ、くすぶらせておくことに。須賀前同様、明日中には燃え尽きるだろう。
 明後日、両方とも野焼きでできた灰をかき集め、須賀前の畑へ持っていき、畑全体に施肥する予定。
 今日で大半が終わったが、まだ休耕田のコスモスが4割残っているし、庭の剪定ゴミもまだ少し出るし、自宅前の畑にも燃やさねばならないものがある。これらは、12月中旬にまとめて燃やそう。
(11月23日追記)
 朝10時過ぎに野焼き場を見てみると、大きくかき広げてある。おふくろの仕業だ。早く火を消そうという考えだ。今日も風はないのに…
 燃え残りがけっこうあり、これでは灰の搬出・畑への散布がやりにくい。まだ火のどかみが少しあり、再び小山に戻したが、はたして燻り尽くすか疑問。
 灰作りをしようとすると、今回のようにかき広げられたり、水をかけられたりと、いつもおふくろに邪魔をされる。困ったものだ。
(11月24日追記)
 朝、自宅前の灰を回収しようとしたが、やはり燃え残りがかなりあった。それらを除けて灰を段ボール箱(たばこケース2分の1)7箱に入れ、須賀前の畑へ運搬。須賀前では2箱分程度できた。
 それらを全部の作付け畝、空き畝ともに適宜撒く。いい肥料となる。
(12月1日追記)
 その後、畑から出た雑草、剪定ゴミの追加分を本日野焼き。ほぼ無風であるが、北風が卓越し、ちょうどいい日和だ。まずまずの燃え方である。そこへ、引き抜いたコスモスを乗せたが、まだ湿り気があり燃えない。田の雑草も少々湿っていて燃えにくい。コスモスの引き抜き作業の合間に、田の雑草を時々運び、灰作り。
 今晩から明日にかけてくすぶってくれ、たぶん燃え尽きることだろう。
(12月3日追記)
 朝、まだくすぶっていたし、生木の塊は部分的に燃えただけ。
 燃えた灰だけ回収し、須賀前の畑へ運び、夏野菜(ナス・トマト)作付け予定箇所を中心に撒く。
(12月8日追記)
 昨日の朝、コスモスの残骸に休耕田の雑草を加え、生木の塊を乗せて野焼き。コスモスはよく乾いており、少々湿った休耕田の雑草も勢いよく燃やしてくれた。生木の塊もくすぶりながら燃え尽きそうな感がした。
 しかし、ここでまたおふくろの横槍が入る。昼から2時間ほど須賀前の畑に行っていたすきに、午後3時頃と思われるが、多少風があったので、たっぷり水をかけられてしまった。これにはほとほとまいる。
 なお、今朝、今後の雨でミネラル分がこれ以上流れ出ないようにビニール袋を掛けておいた。これは年明けに果樹の剪定で出た枝を燃やすときに、その上に振り掛けて乾燥させるしかない。
(1月24日)
 果樹・雑木剪定ゴミ、一部休耕田雑草を野焼き。
今日は風がなく、休耕田にうず高く積んである果樹の剪定ゴミや雑木を切り倒したものを燃やすのに絶好である。よって、野焼きを決行することにした。
 2週間ほど前に積んだもので、雨もほとんど降っていないから、勢い良く燃えてくれる。なお、前回おふくろが水をかけて回収できなくなった灰をその上に積んでおいたから、これも完全に燃え、かつ、乾いてくれよう。
 概ね燃えたところで、須賀前の畑へ野菜の収穫に向かう。
 なお、燃やしている途中で、おふくろが覗きに来たから、「水を掛けるな」と言っておいた。はっきりと「掛けん」と言ってくれたから大丈夫だろう。
 畑から戻って、燃え残りを寄せたり突いたりしたが、前々回の野焼きから燃え残っている太い幹が飛び出しており、これを燃やしきるには休耕田の雑草を足さねばならんだろうと思い、一輪車で4回ほど運んで燃やすことにした。雑草は一部濡れており、煙がかなり出たものの風向きが良く、これなら通報されることはない。
 しばらくくすぶり続けるであろうが、明日の朝には何とか燃え切っていてほしいものだ。かなりたくさんの灰が出来そうで、これを明日の朝、須賀前の畑に撒くことにしている。いい肥料になる。
 なお、おふくろに念押しのメモ「絶対に水を掛けるな。広げるな。」を渡したところ、「触らへん」と返事したから、前回や前々回のように、灰の回収が困難になることはなかろう。もっとも、明日の朝どうなっているか少々不安ではあるが。
(翌日追記)
 幸い、おふくろは何もしていなかった。やれやれ。
 さて、灰の回収だが、煙は出ていなかったものの、かなり多くがまだ炭の状態やくすぶっている状態にあった。よって、完全に燃え尽きた灰は2割程度しか回収できなかった。これを須賀前の畑に撒いてきた。
 今日の夜は雨との予報であるから、燃え残りの灰の山が濡れないようにトタン板を被せておいた。2、3日後に灰を回収したいものだ。
(1月28日追記)
 本日灰を回収するも、下の方は炭になっていた。よって、篩いにかけ、炭を除去。これは次回の野焼きのときにもう一度燃やそう。
 できた灰は須賀前の畑に撒いてきた。

(3月16日)
 須賀前の野焼き
 今年は、今日の1回だけ野焼きした。風がなく都合がいい。
 燃やすのは、枯れ枯れになったヤーコンの残骸と柳の幹の塊ぐらいしかない。それに、自宅前で今冬に野焼きしたときに残った炭を上に乗せて灰にしようと目論んだ。
 翌日はスキーに出かけたから放置したまま。そして、今日は朝から雨。
 しばらくそのままにしておき、灰はヤーコン畑にでも撒くことにしよう。
(3月19日追記)
 チラッと見ただけだが、柳の幹の塊もほとんどが燃え切ったようだ。明日は雨だが放置しておくしかない。

<2012年度
(10月16日)
 自宅前の畑や庭の雑草そして夏野菜の残骸などがあちこちに積み上げてあり、これを一輪車で休耕田へ運び、着火。勢いよく燃え上がる。
 公園の草刈りをした雑草が休耕田に積んであり、気持ち湿り気があるが燃えないことはない。これをその上に乗せる。
 この繰り返しで公園の草も順次野焼きしていく。時々棒でかき広げて燃えやすくする。
 ところが、どこかに毛虫がいたのであろう、腕や首が痒くなる。今年は何度もこの被害に遭う。しばし我慢し、野焼きを続行。でも、我慢も限界になり、また、朝7時から2時間半の草刈りの後での野焼き作業につき、疲労感も出てきた。よって、野焼きは2時間半で打ち切り。
 自宅前の畑などはおおよそ片付いたが、公園の草は3割程度しか燃やせなかった。残りは11月にコスモスの片付け後に燃やすしかない。
 翌朝、出来た灰を須賀前の畑に持っていってばら撒こうとしたら、灰が広げてあり、たっぷり湿っている。これは、おふくろの仕業だ。火災予防もいいが、天気を見れば分かるじゃないか。
 湿った灰をかき集め、作業着が汚れないよう慎重にダンボール箱に入れ込み、ヨッコラショと持ち上げ軽トラに積み、須賀前の畑へ運搬。
 今後作付け予定のエンドウ、タマネギ、ニンジンの位置にばらまいておいた。良い肥料になる。
(11月22日)
 休耕田のコスモスは、今年は1か所に積み上げるのではなく、コスモスの畝に引き抜いたコスモスと雑草を並べて火を付けてみたが、コスモスの枝が大半燃え残るし、雑草も燃えきらない。よって、コスモスの燃え残りを拾い集めて1か所に積み上げ、休耕田の雑草を足して燃やすことにした。
 灰はどれだけも出ず、後日、庭木の剪定ゴミを燃やしたときに一緒に回収することに。 
(翌年1月23日)
 その後畑から出た雑草や剪定ゴミは12月の時々の雨により年内の野焼きができず、果樹の剪定ゴミとともに本日野焼き。
(2月10日)
 野焼き 庭木剪定ゴミ・庭の草花の枯草
 庭木は11月に従兄弟に庭師をしてもらい、その時に出た剪定ゴミが休耕田にうず高く積んである。早速燃やせばよかったのだが、都合が付かず、しばらく放置しておいた。そしたら、昨年12月から今年1月にかけて定期的にかなりの雨が降り、この剪定ゴミがなかなか乾かない。
 でも、いつまでも積んでおくのもみっともないし、今日は果樹などの剪定をするし、枯れた雑草もけっこう溜まっているから、燃えにくかったら雑草で火勢を上げてやれば何とかなりそうだし、微風で風向きは民家の方へ行きそうにない。
 よって、野焼きを決行することにした。
 よくよく見てみると、積んである剪定ゴミの上部は乾いているが、下部には葉っぱが多く、これは湿っている。これでは、全部は燃えきらない感がする。
 点火すると、上部は具合良く燃えてくれたが、下部はくすぶる程度である。そこで、今日果樹などの剪定をしてできた枝葉を一輪車で運び、投げ入れる。けっこう燃えてくれる。
 剪定、搬入を繰り返し、途中に乾いた雑草を搬入したのだが、何とか大した煙も上がらず、少しずつ燃えてくれた。
 朝9時半から初め、午後3時半に投げ入れが終わったのだが、まだ上部に燃え残りがあり、そして太い幹は燃え続けている状態にある。この様子なら、きっと、下の方へもじわじわと熱が伝わり、今晩中には燃えきってくれるだろう。
 おふくろに、水を掛けるなと念押ししておいたのだが、おふくろが5時頃に店に電話してきて、まだ燃えているが水を掛けて消そうかと言う。前回は水をたっぷり掛けられ、灰を運ぶのに苦労した。今晩は微風であり、全く飛び火の心配がないから、水を掛けられては困る。そこで、夜、見に行って(そうするつもりはないが)ちゃんと処理するから、そのままにしておけと返答したところである。
 出来た灰は貴重な肥料になるから、明日に須賀前の畑に撒こうと考えている。
(翌日追記)
 昨日の電話は、いやな予感がした。朝、見てみると、やはり水が掛けられていた。おふくろ一人では大儀だから、新家の従兄弟を手伝わせて、たっぷり水を掛けてしまったのだ。
 よって、水で湿った灰を運ばされる羽目になった。おまけに、下の方は燃えきっておらず、葉っぱがかなりそのまま残っている。後日、再度燃やさねばならない。おふくろにはほとほと参る。
(3月15日)
 須賀前の野焼き
 1月30日に続き、本日(3月15日)、第2回目の畑での野焼きを行なった。排水路の淵にある木を切り倒したものとヤーコンの枯れた茎が主である。
 これに、自宅前の休耕田で2月10日に野焼きを行なったときの燃え残り(おふくろが水を掛けて消してしまったもの)を持ち込み、一緒に燃やすことにした。
 今日は微風であり、良く乾いているから煙がほとんど立たず、問題なく、通報される恐れは全くない。
 農作業が終わっても、まだ太い幹は燃え続けており、そのまま放置し、翌日に灰を回収し、一部はヤーコン芋の種芋切りのときに使用し、残りは畑に撒くことにする。
(翌日追記)
 翌朝10時頃に畑に行ったら、まだ灰が熱い。まだ奥の方に燃え残りがあるようだ。ヤーコン芋の種芋切りのときに使用する分をダンボール箱に入れて持ち帰ったが、残りは明日まで放置することに。
(翌日再追記)
 ダンボール箱に入れて持ち帰った草木灰を、まだ熱いから用心のため畑に置いておくことにし、その旨をおふくろに伝えたものの、耳が遠いゆえに十分伝わらず、おふくろが直ぐに畑に撒いてしまった。
 ナンタルチア、である。わざわざ少しばかりの灰を大事に保管してある状態にあるのだから、何も言わなくても分かりそうなものである。単に畑に撒くのであれば、おふくろにやらせず、小生が黙って撒くであろうものを。わざわざ置いておいた意味を考えろ、というものだ。アホめ!
(翌々日追記)
 明日は雨の予報だから、今日、草木灰を改めて回収に行ってきた。
 ところが、何と、まだ熱い。灰は大した量はないのであるが、少々太い木の枝が下の方でまだいぶっているのだろう。
 炭になった状態のものも多く、これは肥料にしにくいから、これが灰になるよう、枯れ草をかき集めて上に乗せ、再度野焼きを行なったところである。枯れ草は大した量ではないから、炭が灰になってくれるか分からないが、やらないよりは良かろうというもの。
(後日追記)
 ほとんどが灰になっており、助かった。しかし、その後の雨で濡れている。ヤーコン畑にばら撒く。

<2011年度>
 (記録なし)

<2010年度>
(12月26日)
 数年前までは、そこら中で草燃やしが行われていて、私もそうでした。
 でも、廃棄物処理法が改正されて、原則として「野焼き」ができなくなりました。
 法改正後のあるとき、休耕田の草刈を行った後、あまりにも草の量が多かったので、草木灰が良い肥料になりますから、野焼きを始めました。
 そうしたら、ある御仁が通報!
 消防車が来るわ、パトカーが来るわの大騒ぎ。オトガメはなかったですが、消防車が散水して、せっかく出来た灰が台無しに。
 それ以来、その田では野焼きを止めることにしました。
 でも、畑からは、草や夏野菜の枯れたものなど始末せねばならないものが数多く発生します。特に、ヤーコンの残骸は1株でも量が多く、100株近く作付けしていますから、どうしても燃やしたくなります。
 そんなわけで、12月と3月に、畑の隣にある別の休耕田・・・ここにも草刈後の枯れ草がたくさんあります・・・に、積み上げておいた草などを燃やすのです。
 畑の隣に1軒、お家がありますが、その方に、畑の一部を家庭菜園に使っていただいており、「煙、ごめんね。」で済ませ、横着を決め込んでいます。
 さて、12月26日に、恒例の「冬の野焼き」を行いました。
 夏以来、積み上げてきた草を燃やそうというものです。下の方に柳の枝を置いて、空間を作ってありますから、景気良く燃え切ってしまうはず。
 でも、どういうわけか、少々時間が経ってから、くすぶり出し、煙がもうもう!
 かき混ぜてみると、湿っぽい草が随分あるではないか。
 そこで、焼き場の近くの田の草を集めたり、畑に散らかっている枯れ草を持って行ったり、貸している家庭菜園が草ぼうぼうでしたから、それを持ち込んだりして、追い焚きし、何とか煙の量を押さえ込むことができました。ホッ。
 できたら年内にその灰を畑に撒こうと思っていたのですが、28日夕刻から雨。
 残念ながら、貴重なミネラルが流れ出してしまいます。しゃあない!
 今度、畑に行ったときにでも撒くことにするか。それが来年になるかも。
 いつものことですが・・・
 
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正月飾り〝結び柳〟(掛け柳)にするための柳の木の枝落とし [草花一般]

 須賀前の畑の真ん中辺りの南端にある大きな柳の木。毎年12月に小生が全部の枝を切り落とし、おふくろとその友人が正月の飾りにしていた。なお、毎年全部の枝を切り落とすと、翌年に細長い枝がたくさん伸びて、飾り物に適するものが多く得られるようである。
 亡きおふくろがうちの床の間に飾っていたのは、枝が2mぐらいの極細のもので、次の画像のような形だった。
https://ord.yahoo.co.jp/o/image/RV=1/RE=1544583176/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly9ibG9nLTAwMS53ZXN0LmVkZ2Uuc3RvcmFnZS15YWhvby5qcC9yZXMvYmxvZy0yNy1mMy9taXdhaGE0MjUvZm9sZGVyLzExOTkwMzYvMTQvMzU3NzY3MTQvaW1nXzE_MTI5NTE1ODMyNA--/RS=%5EADB5CzVAmMrdim87fWJ2cdiiRpM_XE-;_ylt=A2RCKweHJg9cwWIA7BKU3uV7;_ylu=X3oDMTAyN3Vldmc1BDAD?r=14&fst=1
 他にもいろいろあるようで、正月や初釜の床飾りの内に〝結び柳〟(掛け柳)というのがあり、これは随分と長い細枝が必要になる。次のサイトに写真が載っている。
 http://www.geocities.jp/sanmoku0359/sukiya-tyanoyudougu004
 でも、年が経つにしたがって、段々ともらい手が少なくなって随分と余るようになり、今では大阪の妹に送るだけとなってしまった。
 柳は丸裸にしても春に芽吹き、6月頃から茂り始めて7月には大きな影を作ってしまう。被害を受けるのはヤーコンとグラジオラス。グラジオラスはその頃には開花が済んでおり、まず大丈夫だが、ヤーコンは秋に大きく生長するから、どうしても影になった部分の収穫量が落ちるようだ。
 よって、夏頃には不用な太い枝の枝落としをせねばならないのだが、寄る年波には勝てず、2017年からは放置したままにし、12月に全部の枝払いをすることにしている。これがけっこう重労働になるし、木に登ってせねばならず、段々危なっかしくもなってきた。いずれは伐採するしかなかろうが、幹の直径が30cmほどあり、そのときには庭師さんに頼むしかない。

<2018年>
(12月10日)
 昨年と同様に枝の垂れ下がりが随分と少ない。夏に枝落しをしたような状態だ。ここ2、3年、畑起こしするときに根っこが邪魔になり、ツルハシでだいぶ切ったから、以前のような元気さがなくなったのかもしれない。
 今日、枝という枝、全部を切って、丸裸にする。正月飾り用に適した細長いものが今年も少ない。良さそうなもの20本ほど残し、あとはヤーコン畑に積み置いた。
 残したものは、後日、自宅前の休耕田へ運び、一緒に野焼きすることにしよう。
 良品の正月飾り用は、本日、野菜と一緒に大阪の妹に送った。

<2017年>
(12月24日)
 枝の垂れ下がりが随分と少ない。夏に枝落しをしたような状態だ。
 今日、全部切って、丸裸にする。正月飾り用に適した細長いものが少ない。良さそうなもの10数本を残し、あとは細いものをヤーコン畑で堆肥化させ、少々太いものは自宅前の休耕田で後日(1年後となろうが)野焼きすることにしよう。
 正月飾り用は、もううちでは使わず、大阪の妹に送るだけなのだが、これもけっこう面倒になってきた。来年は止めにするか。

<2016年>
(9月4日)
 やっと手が空いたので、今日、正月飾り用に必要な分を残して、大幅に枝落とし。これで冬野菜やヤーコンの日当たりがよくなった。
(12月5日)
 全部の枝を払い、丸坊主に。
 細くて長い枝、10本ほどは、脇枝を手でしごき取り、丸めて、雨水桶に漬けておいた。後日、大阪の妹へ渡す予定。

<2015年>
(10月1日)
 例年、野菜が日陰になってしまうから夏にどれだけか枝落としするのだが、今年は面倒だからしなかった。
 遅れたが、今日、正月飾り用に必要な分を残して、大幅に枝落とし。これで冬野菜やヤーコンの日当たりがよくなった。
(12月17日)
 今日、大阪の妹の旦那が立ち寄ってくれると連絡があったから正月飾り用に残してあった枝を全部落とし、軽く脇枝を切り、丸めて渡すことに。

<2014年>
 今年の夏は、左腕の筋肉痛(肉離れ)が続いており、取り止めることにし、12月に丸坊主にして良さそうな枝を飾り物に使うこととする。
 12月21日、例年より1週間ほど遅れて、今日、須賀前の畑の一角にそびえ立っている柳の木の枝落としを行った。
 1週間前にやっておれば、大阪の妹の旦那が立ち寄ってくれたから持って行ってもらえたものを。

<2013年>
 ヤーコンの生長に支障がないよう、一昨年の夏から柳の木の枝落としをすることにした。そのときは7月で毛虫に少々やられた。昨夏はそれに躊躇して8月11日に行い、今年はなかなか実行する機会がなくて、やっと本日9月26日に行うことができた。
 昨年までは木に登るのに脚立がないと大変だったが、昨年末に幹の下の方に足掛けになるよう切込みを作っておいた。その後、傷口に膨らみが出てきていたので、今日それを切り取り、足のつま先ががかかりやすいようにする。そして、木に登る。
 昨年もいなかったが今年も毛虫はいない。助かる。
 上に伸びた枝を中心にバッサバサとノコギリで切り落とす。全体の4分の3程度を切り落とした。少々切り過ぎたか?
 でも、これで随分と日当たりが良くなり、スッキリした。
 12月15日、須賀前の畑の一角にそびえ立っている柳の木の枝落としを行い、丸裸にした。
 こうしても、毎年、うっそうと枝を伸ばして葉が茂るのであるから、柳の生命力は凄まじい。
 毎年、あまりにも茂りすぎるので、夏には日陰が広くできてしまい、野菜などの生長の妨げになるから、一昨年からは、枝の3分の2程度を夏に枝落ししている。
 そして、一昨年は、枝を収穫した後で、何本かに幹別れした中ぐらいの太さの幹を2本、何とかノコギリで切り落とした。これで、日照が少し良くなったが、今年も、中ぐらいの太さの幹を1本、何とかノコギリで切り落とした。
 もうこれ以上はノコギリでは無理だ。将来的には、チェーン・ソウを借りてきて根元から切り倒すことになろう。

<2012年8月>
 柳の木の枝落としをした後、隣の住宅との境にある「ホウの木」その他3本の花木の剪定、と言うより伐採に近い切り方をしたり、隣の住宅内の角にあって全く剪定されない樹木で邪魔になる枝を勝手に適当に切り落としたりした。
 ところで、「ホウの木の葉=ホウ葉」は、とても大きいから、生の葉で寿司を包んで「ホウ葉寿司」にしたり、乾燥させた葉に味噌と野菜を乗せ、葉を皿代わりにして炭火で焼いて「ホウ葉味噌」にしたりと何かと重宝され、これは岐阜県の山間部、特に飛騨地方で今日でも盛んに使われているものである。だが、ここにある木は日陰であるからアブラムシが付いたりして何ともならず、一度も使ったことがない。→ホウの木は2015年に伐採
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12.8 お客様に喜んでいただける、うちの畑で栽培した山芋 [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 2012年の秋、富士五湖へ行った折、たまたま忍野八海で河口湖産の丸芋を売っており、これを買ってきてトロロにしたら、けっこう天然の山芋に近い味であり、ゴツゴツしていない芋であるから調理もしやすかった。よって、種芋として一部を残し、2013年に作付けに挑戦。
 河口湖産となると、標高900メートルであるから夏は涼しかろう。よって、丸1日中陽が当る場所を避け、畑の隅っこなど3か所に分けて、切り分けた種芋を2、3個ずつ埋めておいた。そしたら、2か所で1株ずつ芽吹き、形は長いイチョウ芋に変形していたが100gと200gの芋が収穫でき、味はまずまず良好であった。
 よって、これを毎年畑で栽培することにしたのだが、猛暑にさらされる当地であり、また土壌もまるで違うゆえ、軌道に乗るまで3、4年を要した。加えて、栽培を進めるにしたがって、丸芋が長いイチョウ芋さらには太短い芋に変形してきた。
 驚くべき環境適応変化である。今年、これはどういう芋かとネット検索したら、どうやら富士河口湖町の大石地区で作られている「大石芋」らしい。気候や土質で芋の形が変わる、と書かれていたから、たぶんこれで間違いなかろう。
 この山芋、今年から規模を倍増し、2畝を11月に収穫。まだまだ栽培法が十分にはマスターできておらず、目標の半分しか収量はなかったが、当店のお客様にも何人かに差し上げることができる。
 12月月初めからのセールでは他に差し上げるものがあったから、山芋はけちって10名弱にしか差し上げなかったのだが、皆さん、長芋はトロロにしてけっこう食べておられ、山芋と聞くと、これはきっとおいしいに違いないと喜んでくださった。味のほどは保証付きの、うちで栽培した「大石芋もどき」、在庫がだいぶ減ってきた。来年は、収量が倍増して目標達成できるよう、がんばろう。
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24節気毎の野菜収穫見込み:大雪から冬至まで [24節気毎の野菜収穫見込み]

 24節気の健康と食養「大雪から冬至まで」については、別立てブログ「薬屋の…」で投稿しました。興味のある方は、クリックしてご覧いただくとして、このブログでは、うちの今現在の野菜や果物の収穫状況など、部分的に再掲することします。

 昨年の晩秋は低温傾向で推移したのに対し、今年は真逆でずっと暖かく、冬野菜の生育は、昨年に比較すると多くの野菜がすごい勢いです。
 でも、うちの畑は大半が無肥料自然栽培2年目となり、土壌中の残留肥料が枯渇し、例年とは様相を変えているものがけっこうあります。
 キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーは昨年より2~4週間遅れで収穫が始まったところです。なお、キャベツは肥料枯渇のせいでしょう、玉がたいして大きくなりません。
 普通の大根は、これも肥料枯渇のせいでしょう、全然太くならず、このままの姿で終ることでしょう。ただし、「ビタミン大根」(中まで緑色で、大根おろしにすると、とてもいい香がして美味しい)はそうしたことはなく、例年どおりの生育で、収穫できていますが、多くは初期に虫食いが激しく、そうした株は大幅に出遅れ、冷え込んできましたから、これ以上の生育は望めません。
 白菜は無肥料栽培が難しく、少々牛糞堆肥を入れましたが、初期の虫食いが激しかったこともあり、生育は遅れ、まだ玉が巻かない状態にあります。
 カブ、小松菜、春菊は暖かな11月であったため、無肥料であっても順調すぎる成育です。ホウレンソウは第1弾は同様に順調にいきましたが、第2弾は発育不良になり、これは土壌が酸性に傾いているかと思われ、アルカリ度を増すために草木灰を撒いて様子見しているところです。
 秋冬ニンジンは無肥料でも例年どおり生育が良く、収穫が続いています。
 冬野菜の中で一番多く作付けしているのがネギでして、当地のブランド品「徳田ねぎ」は柔らかくて甘いと大評判で、遠方の方へ贈答したり、お客様に差し上げたりしています。これは肥料を使った慣行農法での栽培ですが、例年なら霜が降り始めた今頃から甘味が増し、収獲のシーズンに入るのですが、今年は秋の長雨にたたれて根腐れ傾向にあり、成育が思わしくなく、まだ収穫できる大きさになっていません。
 各種芋類は保存してあり、サツマイモ、里芋、山芋(栽培種のイチョウ芋)、ヤーコン芋がいつでも食べられます。ただし、今夏のまれにみる猛暑がために暑さに弱いヤーコンは過去に例のない凶作です。
 なお、ヤーコン芋はすぐれもの。フラクトオリゴ糖たっぷりで、整腸作用が抜群。癖のない味ですから、どんな料理にも入れられ、毎日少しずつ食べています。
 (参照 当店[三宅薬品]のホームページ:ヤーコンの魅力)
 果物は、みかん類を2品種栽培しています。普通のみかんとオレンジがかかった晩生のものの2品種ですが、今季は表年に当たり、たわわに実を付けています。前者は食べ頃になりました。後者は2月頃からの収獲となります。
 それ以外にはユズがあり、概ね熟してきましたので香り付けに時々使っています。群生しているミツバがたっぷりあり、まだ薬味として使えます。
 今年初めて本格的に栽培したショウガは、刻み藁などを被せてシートで覆い、畑での保存を試みています。必要な量を順次掘り出すことにします。

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11.30 もう18年経ったエンジン新品同様の軽トラ [ファーマーの“一日一楽”日記]

別立てブログ「薬屋のおやじの“一日一楽”&“2日前”の日記」で投稿した記事で、ファーマーに関するものは、このブログで再掲することにします。

 軽トラを車検に出し、それが帰ってきた。車内は泥だらけであったが、自動車屋さんにきれいに掃除してもらえていた。新車みたいだ。
 さて、車の様子だが、2箇所にそろそろガタが来ていて、次回の車検時には部品の取り換えを要するようだ。
 “何年経ってるんだ?” 請求書の上の方に車名と購入年月日が記載されている。“12年に買ったんか。まだ6年…?”
 自動車屋さんが言う。“いやいや、平成だから18年経ってるよ”
 いやーあ、恐れ入った。もう18年も走っているんだ。
 でも、エンジンは新車と変わらんだろう。なんせガソリンは満タンにすると2年は持つ。片道400mの畑への往復を月に数回行うだけのことだから。ことがある
 あまりに走行距離が少ないから、ガソリンにカビが生えないかと心配にもなる。給油は10リッターにしたこともあるが、自動車屋さんが言うには、満タンにした方がなにやらトラブルが少なくなるとかなんとか、難しい説明をしてくれたことがある。それ以来、ガソリンが空に近づいたら満タンに給油しているが、オイル交換は年に1回定期的に行っている。
 この軽トラ、重宝させてもらっている。百姓仕事にもってこいであり、また、大型ごみを運搬するには、これしかない。そして、部落の役員をやっているとき、諸々の行事でかさばるものを運ぶのにも便利だ。
 ところで、農業をやっておられる方でも田畑が少ない人は軽トラを持っていないところがけっこう多い。時々なんやかやで貸すことも度々だ。なんで皆、買わないんだろう?と思うも、うちだって親父が死んでから買っただけであり、なくても何とか済んでしまう軽トラだ。
 さて、2年後には20年選手となる我が軽トラ。2箇所の部品を取り換えて、もう20年動いてもらいたいものだ。そのとき小生は92歳。運転できるギリギリの年齢となる。
 もっとも、今、自動車業界では自動運転技術の発達が目覚ましく、20年先には、車に乗り込めば、行き先をAIに告げるだけで、何もせず目的地に着いてしまうだろう。
 これではなんとも味気ない。車はやはり自分でハンドルを操作し、アクセルを踏んだり、ブレーキを踏んだりしたいものだ。軽トラ君、あと20年頑張ってくれないかなあ。
 
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